離婚まで30日、冷徹御曹司は昂る愛を解き放つ
「どうするつもりなんですか?」

 遼の母親が帰ったあと。
 果菜と遼は、そのままレストランの個室にいて、向き合っていた。

 遼は好きなものを頼んでいいと言ってくれたが、何かを食べる気にもならず、とりあえず頼んだコーヒーのカップを手に取る。自身を落ち着かせるようにそれを一口飲んだ。

「どうするとは?」

 気色ばむ果菜とは違って、遼は冷静そのものだった。落ち着き払った態度で果菜を見る。
 その何にも動じていない態度に焦れて、果菜の声が思わず大きくなった。

「い、いやだって彼女のフリをしてほしいって話だったんですよ。それだって別に了承した訳じゃなかったけど、その場だけのことだったら仕方ないと思ったんです。私も無理矢理お見合いさせられそうでうんざりしているし。でも、結婚って。話が違います! この先どうするおつもりなんでしょうか?」

「それは、提案がある」

 とりあえず母親は一旦納得したから、あとは、自分の方で何とかしておくというのであれば、まだ別にいい。果菜だってつい先ほど、見合いを強要されて非常に困ったばかりで、何とか逃れたいという気持ちはわかる。

 けれど、この先も何か協力しなくてはならないというなら話は別だ。

 本来なら、果菜がこんな口の利き方をできるような存在ではないのだが、この時の果菜自分の立場のことなんて考えている余裕はなかった。

 話しているうちにヒートアップして責めるような口調になってしまったが、しかし、それでも遼の様子に変化はなかった。

「俺たち、結婚しよう」

「はっ……?」

 出し抜けに遼から飛び出した発言に、果菜は口をぽかんと開けたまま、ぴしりと固まった。

 突然のプロポーズがあまりにも突拍子がなさ過ぎて、果菜は一瞬、何を言われたのかわからなかったのだ。

「け、けけけけ結婚!?」

 一拍遅れて思考が追いつき、裏返った声が口から飛び出る。果菜はこれ以上ないほど目を見開いて遼を見た。

 何を言ってるんだと言わんばかりの視線を受けた遼は、そこでなぜかふっと笑った。

「な、なんでわらって……」

「いや、理性的なタイプだと思っていたから。意外と感情豊かなんだな」

「はっ?」

 そこで遼は仕切り直すように表情を真面目なものに戻すと、切れ長の目で果菜を捉えた。

 整った顔でそういう表情をされると、纏う雰囲気に凄みが増して、目を逸らせなくなる。

 視線を合わせたままで、遼はおもむろに口を開いた。

「もちろん普通の結婚じゃない。契約結婚、といえばいいのかな。お互いの利益のために一定期間、結婚する」

「お互いの……利益?」

 遼が淡々と説明する。言われている意味がよくわからなくて、果菜は訝し気に呟いた。

 よくわからなかった。好きでもない人と結婚して一体何の利益があるというのか。

「そうだ。俺は、今は結婚をするつもりはない。けれど両親から結婚を急かされている。親父が去年、胸の痛みを訴えて検査入院したことがあって、特に異常は見つからなかったがそれをきっかけに健康に不安を感じるようになったらしい」

 そこで遼は言葉を区切ると、ふっと憂鬱そうに息を吐いた。

「そこからだ。もっと催促がひどくなったのは。早く身を固めて安心させてほしい、孫が見たいと顔を合わせばうるさく言われる。はっきり言って限界だ」

 そのうんざりした表情から遼が相当に参っていることが察せられて、果菜は少し気の毒になった。

 結婚したくないのに、相手もいないのに、自分の意志とは関係なく結婚を急かされるつらさは果菜にもよくわかる。

(……でも)

 果菜は何とも言えない複雑な表情を浮かべた。

 だからと言って、たった数回顔を合わせただけの果菜と結婚というのは、ちょっと無理矢理すぎないでないだろうか。

 切れ長のすっきりとした瞳。しっかりとした鼻梁に形の良い唇。やや冷たさが感じられる雰囲気ではあるが、一つ一つのパーツが整っている上に全体のバランスも良く、舞花の言ったように、まるで芸能人みたいに整った顔をしている。

 それに加えて、上背もあり、手足も長くスタイルが良い。今は黒のスーツを着ているがどんな服でも似合いそうだ。つまり、完璧な容姿。

 能力や経済力は言わずもがなだろう。ハイスペックが服を着て歩いているような男。
 はっきり言って、例え契約結婚であっても相手は選び放題だろう。果菜なんかに頼む必要はない。

「……事情は、わかりました。でもだったら、結婚がしたいと思える相手を探せばいいのでは? 芦沢専務だったら周囲に女性はたくさんいるでしょう。その中には好みの女性もいそう気がしますけど」

「そんな女がいたらとっくに結婚してる」

 間髪入れずに答えが返ってきて、果菜は瞳を瞬いた。遼はかったるそうに頬杖をつくと、眉を寄せてはあと息を吐いた。

「俺はあんまりマメなタイプじゃないし仕事を優先してしまうことも多い。それで大体うまくいかなくなる。そこを説明してそれでもいいと付き合い出しても、結局はこんなにとは思わなかったと言われて揉める。つまり恋愛に向いてない」

「じゃ、じゃあ、お見合いの時にその事情を説明しては」

「最初の頃は説明してそれでもいいか確認してたが、全員が難色を示した」

 スラスラと返答されて、果菜は思わず黙り込んだ。

 一応、遼なりに結婚相手を探す努力はしていたらしい。
確かに、遼のお見合い相手を務める女性は、社長令嬢などそれなりにステータスの高い女性がほとんどだろうし、最初から「放置する」と宣言されたら、受け入れがたいのかもしれないと果菜は思った。

「……夏原さんは? 」

「え?」

 沈黙が続いたところで不意に話し掛けられて果菜ははっとする。

「見合いを持ち込まれているということは、付き合っている男はいないんだろ。きれいだし、話していて感じもいいし男に相手にされないようには見えない。となると、自分で積極的に相手を見つけようと思っていないんじゃないかと推測できる。何か理由が?」

 果菜の顔にうっすらと赤みが差す。そんな状況ではないとわかっていたが、普段容姿を褒められることがほとんどないので、さらっと「きれい」だと言われて、恥ずかしくなってしまったのである。

 それを隠すように俯いた果菜はもごもごと「そんなことないです」と言った。
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