不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
 彼が図面を出力している間に、私はコーヒーを淹れる。
 ガガーッと音がしてミルが豆を挽き始めると、こうばしい香りが漂った。
 こぽこぽと溜まっていくコーヒーを眺めながら、ぼんやりとする。

(よく働いたなぁ。しかも、ずいぶんレベルアップした気がする)
 
 充実感で疲労さえも心地よく感じる。
 コーヒーをマグカップに注いで、冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。
 私はブラック派なんだけど、黒瀬さんはいつもフレッシュではなく牛乳を入れるからだ。
 片方にだけ牛乳を注ぐと、それを黒瀬さんのところに持っていく。

「あぁ、ありがとう」

 受け取った黒瀬さんは一口飲んで、「うまいな」とつぶやいた。
 そして、ニヤッと笑って、私を見る。

「瑞希ちゃんもすっかり俺の好みを覚えたな」
「そりゃあ、毎日見てましたからね」
「俺のことを?」
「コーヒーの淹れ方です!」

 久しぶりの名前呼びに、うかつにもドキッとしてしまう。
 なにげなく流すと、彼は意外とでもいうように片眉を上げた。

「名前呼びでも怒らないんだな?」
「……まぁ、それなりに親しくなったというか、以前と違うから……」

 私はごにょごにょと弁解した。
 実際、もうそう呼ばれても嫌悪感はなかったのだ。
 彼が私を下に見ているとかバカにしているのではないとわかったから。
 すると黒瀬さんは破顔した。

「瑞希ちゃんの許可が得られる日が来るなんてな。感慨深いな」
「あ、でも、”ちゃん”は止めてください。なんだかオヤジ臭いです」
「ひでーな。じゃあ、瑞希、でいいか?」

 自分から言い出したのに実際に呼び捨てされると、先ほどよりも大きく心臓が跳ねる。
 でも、そんなそぶりは見せないで、私はそっけなく答えた。

「どうぞ、ご自由に」

 ポーカーフェイスが見抜かれたのか、黒瀬さんは口角を上げて、いつものニヤリとした笑いを見せた。
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