桜花彩麗伝

 寝台(しんだい)の傍らに立つ春蘭を認めると、咎めるように秀眉(しゅうび)を寄せる。

「病人が何を突っ立っている。早く横になれ」

「だ、大丈夫です! もう何ともないですから」

「ならばせめて座っていろ。今夜は別におまえの師として来たわけではないのだから」

 そう言うと間仕切(まじき)りの手前で足を止める。
 大人しく言うことを聞いておくことにした春蘭は、そっと寝台に腰を下ろした。

 何用でここへ来たのだろう。
 “病人”と称したからには、茶会での一件を聞き及んだのだろうか。

「事情は聞いた。毒を盛られたそうだな」

「はい……。ごくわずかだったみたいですが、お酒と一緒に」

 やっぱり、と思いながら頷くと彼は目を細める。

「用心しろ。向こうにおまえの弱点がひとつ露呈(ろてい)した」

 帆珠が往来でのことを根に持って今日のような行動に及んだとなると、今後も狙われる可能性が高いだろう。
 また同じように、酒や薬材を毒として差し向けてくるかもしれない。

「妃選びが始まれば、何が何でもおまえを蹴落とそうとするだろうな。陰湿で狡猾(こうかつ)なのは父親と同じだ」

 実子にも厳しい容燕であるが、帆珠に対してだけは何かと甘いところがある。
 それは“娘だから”というのもあるが、根本的な性質が似ているためかもしれなかった。

「……わたし、そんなに悪いことしたでしょうか」

「遅かれ早かれこうなることは決まっていた。おまえのせいじゃない」

 俯いた春蘭に告げる。

 屈指の名門・蕭家のひとり娘、深窓(しんそう)の令嬢として蝶よ花よと育てられた帆珠だ。
 赤子(あかご)の頃から容燕のそばに置かれていては、あのようにわがままで自己中心的な性格になるのも無理はないと言える。

 鳳家への恨み節を聞かされて育ったのであれば、春蘭が鳳家の姫だと知るなりますます敵意を増長させるだろう。

 きっかけなどはじめから関係ない。
 帆珠が蕭家の娘であり、春蘭が鳳家の娘である以上、いずれはこうして対立していた。
 元来、相容れない相手なのである。

 ふと、朔弦が一歩踏み出した。
 間仕切りとそこにかかる(しゃ)を潜り、寝台の方へ歩み寄ってくる。

「手を出せ」

「えっ?」
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