桜花彩麗伝

 王の視線が、咄嗟に(かしこ)まった榮瑶へと移る。

「────蕭榮瑶といったな」

「は、はい。左様です、陛下」

 (こうべ)を垂れる彼を改めて眺め、煌凌の胸の内に驚きと感心の念が広がる。

 柊州では朔弦が直々(じきじき)に州尹に任じ、彼の直属の部下として見事に務めを果たしたという。
 一見、どこか頼りなげに見えるが、厳しい彼の信任を得たところからして並々ならぬ能吏(のうり)であることにちがいはない。
 それ以前に形だけでも州牧の地位を守り抜いてきたことは、この上ない功績と言えた。

 蕭姓を有しながら、容燕の子でありながら、実直で謙虚な人となりはまるでその性質とかけ離れている。
 彼らの身勝手で狡獪(こうかい)なあり方に染まることなく、度胸を(もっ)て戦い続けた彼は()()
 それはある種の期待と信頼感をもたらした。紛れもなく、王に対して。

「そなたたちに詔書(しょうしょ)を下す」

 煌凌が毅然と告げると、控えていた清羽が巻子(かんす)を開いた。
 王に代わり、記されたその意を声高(こわだか)に読み上げていく。

「“玻璃国、柊州における大事にて、その地を()べる州府の(おさ)、謝朔弦とその麾下(きか)一同は、紅蓮教の討伐や疫病(えきびょう)の終息などに尽力し、州民をその危機から救済した。職責(しょくせき)を果たしたのみに留まらぬ功を(かんが)み、余はここに次のような新たな人事を命ずる”」

 一度、言葉を切った清羽はそれぞれに目を向けた。

「“一に柊州州牧・謝朔弦の籍を戻し、左羽林軍次官への復職。二に州尹・蕭榮瑶の位を繰り上げ、同州州牧の任への復職。三にその他州官二名も復職する運びとし、以前のように左羽林軍、ひいては謝朔弦の麾下(きか)とする。それぞれ(つつし)んでこれを受けよ”」

 なお、以上は柊州の現状と彼らの成果を王が独自に認めたものであり、何人(なんぴと)も覆すことを允許(いんきょ)せぬ勅命(ちょくめい)である────そう締めくくられた詔書の巻子(かんす)を閉じた清羽は、それを(うやうや)しく王に差し出した。
 彼が玉座を立つと、朔弦も静かに立ち上がる。

「ご苦労であった。……それと、そなたたちには感謝している」

 王としても、いち個人としても。心から告げた煌凌から詔書を手渡され、朔弦はしばしその双眸(そうぼう)を眺めていた。

(本当に────)

 本当に、彼はあの惰弱(だじゃく)傀儡(かいらい)なのであろうか。
 そう思わずにはいられないほど、いつの間にか“王”らしくなった。少なくともいまだけは確実に。

 蕭派による独自の人事を覆し、真っ向からの対立も(いと)わない強気な姿勢を示したのは、ひとえに朔弦たちを信頼してのことであろう。

 さらに、桜州で見つかったという楚家の長男、櫂秦の兄である珀佑への処遇を耳にしたときは驚いた。
 まったくもって適切にしてみせたのだ。仮に朔弦がその場にいれば、同じ提案をしたであろうことを。
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