桜花彩麗伝



 泰明殿には既に多くの令嬢が顔を揃えていた。
 ここへ(つど)った()りすぐりの姫君たちが、これからたったひとつの座をかけて揀択(けんちゃく)されていく。
 自身の名札のもとで足を止めた春蘭は、それとなくあたりを見回した。
 内定者であるとまことしやかに囁かれていた芳雪の姿はどこにもない。

(……そっか)

 春蘭はふと、いつかの彼女の言葉を思い返した。

『……わたしはね、大きなものも高いものも欲しくない。特別待遇も嫌だし、本当は王妃なんて願い下げ。ただ、失いたくない大切なものが、この手におさまってればそれで十分なの。特別じゃなくていい。価値はわたしが決める』

 望みが叶うかどうかは、運命に左右されることではない。自分次第だと、明朗(めいろう)に語っていた。
 彼女は自らの意思でこたびの妃選びを辞退したのであろう。
 身上書(しんじょうしょ)の段階で楚家が落第するとは思えず、そう結論づけるのが自然であった。
 その選択肢をとれたということは、珀佑や彼女自身の働きかけにより、保守的かつ封建的(ほうけんてき)であった楚家がよい方向へ変わったことを意味していた。
 本当に自らの手で望みを叶え、運命に抗ってみせたのだ。
 思いを()せた春蘭は嬉しくなり、そっと表情を綻ばせた。

「────国王陛下のお成り」

 そのとき、両開きの重々しい扉が開かれる。
 整然と列を成した令嬢たちの間を、殿の中央を堂々たる歩みで進んだ王は、壇上の玉座へと腰を下ろした。
 ほどなく厳粛(げんしゅく)な静寂が破られる。

「みな、(おもて)を上げよ」

 厳然(げんぜん)たる声に、(こうべ)を垂れていた一同が顔をもたげる。
 玉座に()すは威光(いこう)をまとう眉目秀麗(びもくしゅうれい)な青年。弱冠(じゃっかん)ながら威風堂々と畏敬(いけい)の念を集める王。
 ふと、その瞳が春蘭を捉えた。視線が交わると、彼は春の日和(ひより)のような微笑みをたたえた。



     ◇ ◇ ◇



 禁苑(きんえん)の蓮池は桜花爛漫(おうからんまん)の春景色に染まっていた。
 水面(みなも)揺蕩(たゆた)花筏(はないかだ)にはらりと落ちた花びらが積もる。
 (うら)らかな晴れ空を薄雲が流れ、そよいだ風が花香(はなか)を運んだ。

 花逍遥(はなしょうよう)にそぞろ歩き、咲き乱れる淡い桃色の桜雲(おううん)を見上げていた煌凌は、ふと足を止め振り向いた。
 少しく後ろを歩んでいた春蘭に手を差し伸べる。
 春蘭はそのてのひらと彼の眼差しをそっと見つめた。
 目の前にいる彼は、孤独に(かこ)つけ、過去に縋り、周囲に甘えてばかりいた頃の面影をそなえてはいなかった。
 それでも、その双眸(そうぼう)に映るものは何ら変わらない。

「今度はわたしが待たせちゃったわね」

「待つのも苦ではなかった。ずっと、信じていたから」

 その言葉に頬を綻ばせると、春蘭は左手を重ねた。薬指に紅水晶の指輪が煌めく。
 雪のように降りしきる花吹雪の中、ふたりは手を繋いだまま歩んでいった。



 ────王として類まれなる辣腕(らつわん)を振るった煌凌の築いた世は、のちに玻璃国最上の治世(ちせい)(たた)えられることとなる。
 文武に秀でた数多(あまた)人才(じんさい)をその手におさめ、後世に稀代(きだい)名君(めいくん)として語り継がれた。
 そんな彼が愛したのは、あとにも先にもひとりの王妃のみであったという。
 それから何百年と続いた国の(いしずえ)を築くに寄与(きよ)した彼女もまた、終生(しゅうせい)心から彼を愛していた。
 “賢王賢妃(けんおうけんぴ)”と称され、誉れ高き英名(えいめい)(はく)す彼らの存在が人々の記憶にある限り、安寧(あんねい)興隆(こうりゅう)は続いていくのであろう。
 あの桜に誓って────。



【完】
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