身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

12-10 勘違いする2人

 翌日――

 アリアドネはミカエルとウリエルの部屋に使う炭を取りに久しぶりに仕事場へと姿を現した。

アリアドネが仕事場に姿を見せるやいなや、その場にいた全員が駆け寄り、あっという間に取り囲まれてしまった。

何も事情を知らないアリアドネはてっきり、久しぶりに仕事場に来たことで皆が懐かしがって駆けつけてきてくれたのかと思い込んでいた。

「皆さん、お久しぶりです」

丁寧に頭を下げると、真っ先にマリアが声をかけてきた。

「アリアドネッ! おめでとう! 本当に長かったねぇ」

「あまりにも突然で驚いたよ!」

「ついにエルウィン様も自分の気持ちに気付いたのね?」

イゾルネに続き、セリアの言葉にアリアドネは反応した。

「え? エルウィン様がどうかしたのですか?」

そしてアリアドネは次に、ビルの言葉に仰天することになる。

「何言ってるんだよ。エルウィン様から結婚を申し込まれたのだろう?」

「えっ!? な、何ですか? その話はっ!」

「え? 昨日、エルウィン様に結婚を申し込まれたんだろう?」

「もう城中の噂になってるのよ?」

マリアに続き、セリアが話した。

「そ、そんな話は初耳です! 確かに昨日エルウィン様と話はしましたが……」

そこまで話し、アリアドネは口を閉ざした。

(そうだわ。この話をすれば……私がアイゼンシュタット城を出ていこうとしていることが皆に知られてしまうわ)

知られてしまえば、絶対に引き止められてしまうのは目に見えていた。

アリアドネが突然黙ってしまったのでイゾルネが尋ねてきた。

「話って、どんな話をしたんだい?」

「え、ええ。ロイを亡くして……元気を無くしている私を気にかけて下さっただけです」

とっさにとは言え、嘘をついてしまっていることに罪悪感を感じながらアリアドネは説明した。

「そうだったな……。彼のお陰で我々は助かったわけだし……」

ビルがしんみりと口にした。

「そうだったのかい。ロイのことでエルウィン様と話をしただけだったんだね?」

「なら、どうしてエルウィン様と結婚するなんて話になったのだろう?」

「誰かが妙な噂をばらまいたのかもしれないねぇ」

下働きの者たちは次々と自分の思い思いの考えを口にし、全員がアリアドネの言葉に納得する形となった。

この噂の出どころがミカエルとウリエルの仕業であるとは気付くこともなく……。




****


 同時刻、エルウィンはシュミットから昨日の報告を受けていた。

「エルウィン様、ダリウスの件で報告があります。彼は昨日のうちに港町の宿場に送られて船に乗せられたそうです。恐らく今頃は大型船に乗せられて『カフィア』国へ向かっている最中でしょう」

「…そうか」

エルウィンは昨日アリアドネと交わした話が頭を離れず、気のない返事をした
そんなエルウィンを見てシュミットは心の中でため息をついた。

(スティーブの話でエルウィン様はアリアドネ様に結婚の申し込みをしたとの話だったが……結果がどうなったのか聞いていはいなかったな……)

アリアドネに求婚した結果がどうなったのか、どうしても知りたくなったシュミットは思い切って尋ねることにした。

「エルウィン様」

「何だ?」

書類に目を落としながら返事をするエルウィン。

「昨日、アリアドネ様とお話をされたのですよね?」

「ああ、そうだな」

「それで……どうなりましたか?」

「え? どうなったとは?」

エルウィンは顔を上げた。

「いえ、結果はどうなったのかと思いまして……」

するとエルウィンは自虐的な笑みを浮かべた。

「ああ……結果か? 今回は駄目だったよ」

「え……えええっ!? 駄目だったのですか!?」

「ああ、説得する余地も無かった」

勿論エルウィンの話していることは『アイゼンシュタット城』にアリアドネを留める為の説得のことについてなのだが、シュミットには知るよしも無い。

「そ、そんな……」

(まさか、エルウィン様がふられてしまうなんて……)

ショックがある反面、シュミットは自分が安堵していることを自覚していた。

「でも、俺は諦めない。もう一度説得を試みてみるさ」

「えっ!? ほ、本当に本当ですかっ!? 諦める気はないのですね!?」

「ああ、そうだ。シュミット、うまくいくようにお前も祈っていてくれ」

そしてエルウィンは笑みを浮かべた。

「……」

シュミットが言葉を失くすほど驚いたのは言うまでも無かった――


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