身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

12-16 無頓着な男

 それはドレスがアリアドネの元へ届いた2日後のことだった。

「エルウィン様、こちらにいらしたのですね?」
「大将、随分探しましたぜ」

シュミットとスティーブが地下鍛錬場にいるエルウィンの元へ現れた。

「お前たち、2人揃ってどうした? 今ミカエルとウリエルに剣術を教えていたところだ」

そこにはミカエルとウリエルが小さな身体で大きな木刀を振り下ろして素振りの練習をしている姿があった。

「よし、ミカエルは残り素振りを後30回、ウリエルは後10回やるんだ。分かったか!」

「「はい!!」」

2人が大きな声で返事をしながら、素振りを続ける姿を満足げに見届けたエルウィンはシュミットとスティーブを振り返った。

「それで一体俺に何の用だ?」

「何の用だ? ではありません。エルウィン様、陛下の元へ出発するのに後3日しかないのですよ? 準備は出来ているのですか?」

「別に特に準備なんかいらないだろう。戦場に行くわけじゃあるまいし。せいぜい片道、馬で6日もあれば到着する。しかもパーティ開催日時は10日後だ。むしろ余裕があるくらいじゃないか?」

「エルウィン様、それではアリアドネ様にはいつ出発するのかお伝えしておりますか?」

ため息をつきながらシュミットは尋ねた。

「いや、まだだ」

即答するエルウィンにスティーブとシュミットが驚きの声を上げた。

「何だって!? 大将っ! まだ伝えていなかったんですかっ!?」

「まさかドレスを渡しただけで充分だと思っていたわけではないでしょうね!?」

「な、何だ2人揃って大きな声を出して。そんなに驚くことなのか? 大体出掛ける準備なんて1日もあれば出来るだろう?」

エルウィンの言葉にさらにシュミットは首を振る。

「何が1日もあれば……ですか! 女性の出掛ける支度がどれほど大変なのかお分かりなのですか? それにアリアドネ様に旅の供をする女性をおつけにならないつもりですか!?」

「そうですぜ? 大将はあまりにも無頓着すぎますよ。ミカエル様とウリエル様は俺が面倒見ますので、今すぐ大将はアリアドネ様に伝えに行って下さい!」

「わ、分かった。今すぐ行けばいいのだろう? 行けば!」

 
こうしてエルウィンは2人から急かされるように地下鍛錬場を追い出されてしまった。


「全く、あいつ等は……それにアリアドネに侍女やメイドなんか必要あるのか? 自分のことは何でも自分で出来るのに……」

エルウィンはブツブツ文句を言いながら、アリアドネの部屋へと向かった――



****

 アリアドネはミカエルとウリエルの隣の部屋にあった。

エルウィンはアリアドネの部屋の前に立つと、扉をノックした。

コンコン

「……」

しかし、全く反応は無い。

「そうか……まだこの時間は仕事をしているのか? 全く……メイドの仕事なんかもうしなくてもいいのに。ひょっとするとミカエル達の部屋にいるのか?」

そこでエルウィンは扉を開けると、部屋の中ではアリアドネが2人のベッドシーツを交換している姿があった。

「アリアドネ」

エルウィンはアリアドネに背後から声をかけた。

「え?」

振り向いたアリアドネはエルウィンが部屋の中にいることに驚き、慌てて挨拶をした。

「エルウィン様、ご機嫌麗しゅうございます」

「いい、別にこの俺にそんな堅苦しい挨拶をする必要はない」

「は、はい。分かりました。それでミカエル様とウリエル様は……?」

「ああ。2人なら今はスティーブが剣術の訓練についている。俺はアリアドネに用が合ってきたのだ」

「私にですか……? あ、そう言えば私もエルウィン様にお話したいことがあります。この度は私のような者に、あのように美しいドレスを沢山頂き誠にありがとうございます」

「あ、そ、そうか? 気に入って貰えたなら良かった」

エルウィンは今まで全く女性には無頓着だったので、ドレスもどのくらい必要なのかさっぱり分からなかった。
その為、仕立て屋にドレスのことは全て丸投げしてしまっていたのだ。

「それで? そのドレスはどうしたのだ?」

「はい。私には身に余る品物ですので、とりあえず王宮で着る分だけお借りしようかと思っております。残りのドレスはいずれエルウィン様に大切な方が出来た時の為に取っておいて下さい」

そして再び、アリアドネはエルウィンに頭を下げた――
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