1日限りのニセ恋人のはずが、精鋭消防士と契約婚!?情熱的な愛で蕩かされています
室長から言われる前に、紗彩は駆け出していた。
クリーンシャワーだけ浴び、そのままドアを開けて一階フロアに飛び込んだ。
「お母さん!」
梢はデスクの横に、受話器を握りしめたまま苦しそうに呻きながら倒れている。
秋葉が背を撫でているが、起き上がることもできないようだ。
今朝は元気そうに見えただけに、この状況が信じられない。
駆けよった紗彩は、膝をついて母に声をかける。体にふれると、ますます顔をしかめる。
「痛いの? 苦しいの?」
痛みに耐えているのか、返事もできそうにないくらい唇を嚙んでいる。
「紗彩さん、あまり動かさない方が」
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
「お母さん、救急車が来たよ! がんばって!」
紗彩は夢中で母に声をかけ続けた。
到着した救急隊員の中には結都がいたが、気が動転していた紗彩は、救急車の中で交わした会話すら覚えていない。
母は足立病院へ搬送されたが、救急外来で診察を受けている間は待合室で待機するしかなかった。
しばらくすると母が検査のためにストレッチャーに乗せられて移動するのが見えた。
痛み止めの点滴が効いているのか、さっきまでの呻くような様子もなく眠っているように静かだ。
横たわった母の姿が、父のものと重なってくる。
(このまま帰ってこなかったらどうしよう)
最悪を覚悟しなくてはいけないのだろうか。
そんな考えに囚われてしまい、紗彩の体はガタガタと震え始めた。
救急担当の医師から告げられたのは、腕と肩に骨折があって、すぐに手術が必要だということ。
内臓にも問題があるが、ほかの治療は手術が終わって回復してからになるということだった。
すぐに同意書などが用意され、入院の手続きをするように言われる。
ほとんど待つこともなく手術が始まった。
紗彩はじっとしていられなくて、手術室の前でウロウロと廊下を行き来する。
「紗彩、大丈夫?」
「希実」
母の手術が医事課に伝わったのか、希実が様子を見にきてくれた。