🕊 平和への願い 🕊 【新編集版】  『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』にリスペクトを込めて。
 1989年11月9日の夜、ベルリンの壁が崩壊した。
 それは突然のことであると同時に社会主義体制の終焉を告げるものであり、その衝撃は凄まじく大きかった。
 東欧や中欧の衛星国は将棋倒しのように社会主義体制を終焉させ、ソ連邦から離れていったのだ。

 それを目の当たりにしたお前は愕然とした。
 と共に、なんら有効な手立てを取ろうとしなかったクレムリンに失望した。
 しかし、どうすることもできなかった。
 居場所がなくなったお前は東ドイツを離れるしかなかった。

 ソ連邦にもKGBにも幻滅を感じたお前はKGBに辞表を提出し、学問の道に進むことを決意した。
 しかし、政界がそれを許さなかった。
 モスクワに呼ばれたのだ。
 それは意に反するものではあったが、水があったのか、お前はその能力を発揮して驚くべき出世を遂げることになった。

 1997年に監督総局長になると、
 翌年には大統領府第一副長官となり、
 更に連邦保安庁長官を経て、
 1999年には国家安全保障会議書記に任命された。
 そして、その年の8月に首相に抜擢された。

 そんな中、チェチェンで完全独立を主張する独立派の運動が激化すると、お前は迷うことなく反乱軍を叩くことを決断した。
 事態を収拾しなければロシアが消滅してしまうという危機感がそうさせたのだ。
 チェチェンの分離独立が成立すれば他の地域でも独立の機運が高まり、収拾がつかなくなってしまう。
 それを恐れて強硬策に出たのだ。

 その結果、数十万人が犠牲になり、強権的だという非難が沸き起こったが、結果としてお前の人気を押し上げることになった。
 支持率が急上昇したのだ。
 強いリーダーとして認められたのは間違いなかった。

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