騙すなら墓場まで
ふと、あの男性のことを話していなかったなと思い起こした。
「奥様、どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもないです」
正恵さんに話すこともないかと思い直す。植田さんが助けてくれたし、これ以上彼女に心配をかけたくない。
「夕飯は奥様が好きなものをお作りしますね」
「良いんですか?」
「もちろん! 今日は色々とお疲れでしょう?」
妙にウキウキしている正恵さんに、私は白身魚のムニエルをお願いしてみた。薄切りのレモンが乗った白身魚と、付け合わせの野菜を一緒に食べたときの旨味が口の中に広がった気がして涎がこぼれそうになる。
……一年経ってもまだ覚えていられるものなんだ、とかつての生活が思い浮かんだ。
「わかりました。楽しみにしていてくださいね?」
正恵さんは鼻歌でも歌いそうな様子で、かつ安全運転でレジデンスまで車を走らせる。流れる景色を眺めながら、私はちょっとした冒険をしてきたような気持ちで目を閉じた。