『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 正月3が日が明けたので、役所に行って転入届を出しました。
 転出時と同様、本人確認書類を求められたので、16歳の時に取った二輪の免許証を出しました。
 なんの問題もなく届け出が終わりましたが、これでわたしの住所が母親に知られてしまうだろうと思いました。
 その日は母がハワイから帰ってくる日でした。
 家にわたしがいないことを知ると、必死になって探し始めるはずです。
 それを考えると、気持ちがどんと重くなりました。
 
 重い心と体を引きずりながら駅前の銀行に行ってお金を下ろしました。
 色々な物を一気に買ったので、手持ちがほとんどなくなっていたからです。
 二つの通帳の内、一つは千円未満になっていました。
 1年分の家賃を前払いしたから当然です。
 もう一つの残高は100万円ほど減って900万円になっていました。
 それを見ながら、あの世の父に頭を下げました。
 生命保険金がなかったら新しい生活ができなかったからです。
 医師と再婚した母に生命保険金は必要ないと勝手に持ち出しましたが、後ろめたさはまったくありませんでした。
 父を裏切った母に生命保険金を使う資格はないのだ、
 これはわたしが使って当然なのだ、
 そう疑わなかったからです。

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