ジュエリー





「……それはそうと。
私、君の名前も知らないわ」


「え、うそでしょ。
さっきのセリフ『それはそう』で片付けられんの?
普通に恥ずいやん」


「変よね、1年も通っておいて」


「ほんで聞いてくれんし。
……(しゅん)ですよ。俺の名前」


「素敵。名前まで儚いのね」


「ちなみに俺は知ってますけどね、麗子(れいこ)さん」


「名乗ったかしら」


「昔、1回だけね。
ほら。元彼との会話の再現してた時に。
……あんま思い出したないけど」


「知ってたなら、呼んでくれても良かったのに」


「だってなんか悔しいでしょ。
麗子さんは俺の名前知りもせんのに」


「そういうものなのね」


「というか、いつまでそのエセ関東人やるんすか。
さっきの『ちゃうよ』って……
関西べ……母国語に戻すってことやないんですか?」


「今の自分も、案外気に入ってるの。
穏やかでいられるし」


「そういうもんすか」


「ええ」


「……………………今日はもう閉めよかな、店」


「あらそう。
じゃあ私、おいとまするわ」


「えっ、うそやん。
だからこの後どっか……って、ほんまに帰りそうやん」


「うん」


「さすがに、もうちょい一緒におりたいんですけど……」


「勢いで一夜を共にできるほど安くないのよ、私」


「い、一夜……って!
いやいや、そういうことやなくて」


「はい、これ。お会計ね」


「いや、いらんっすよ。だって……」


「だめよ。当然の対価なんだから」


「ちょっ、まって。じゃあせめて連絡先は?」


「もう。仕方ないわね。手だして」


「え?ハイ……って、こしょば!」


「じゃ、またね」


「ええ…………。ほんまに帰ってまうし。
てか、今どき人の手に番号書く人おる?
……洗われへんやん」





< 2 / 15 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop