ショパンの指先
洵は最後まで見事な演奏を披露してくれた。おかげでインスピレーションが膨らみ、たくさんの絵を描くことができた。

 前回来た時と同じ曲は、最初の革命のエチュードだけだった。洵の豊富なレパートリーに圧倒される。そしてやはり、曲は全てショパンだった。

 結局私は閉店まで居座り続け、カクテル三杯とワインを一人で一本開けた。

 ちょっと飲みすぎてしまったかもしれない。フラフラして気分が高揚している。

 こうなってくると私は、洵という名のピアニストと話がしたくなって、従業員が出てくるだろう裏口を探し、待ってみることにした。

 夜風は火照った身体に心地よく、花壇に腰をおろして星空を見上げたら、段々意味もなく笑い出したくなってきた。

 洵の演奏を思い出す。

 耳にはさっき聴いたノクターン第二番が、今も目の前で弾かれているように聴こえていた。

 私はハミングしながら、指揮者気分になって手を動かす。

 想像の中の洵は私の思う通りに弾いてくれて、私はマエストロにでもなったかのような気分だった。

「危ねぇ女」

 突然、頭の上から声が降ってきたので、私はびっくりして顔を上げた。

 するとそこには、両手をポケットに入れて冷たい目で見下ろす背の高い男がいた。

「あ~、私のピアニスト」

 洵を指さして言うと、「どうして俺があんたのピアニストにならなきゃいけないんだよ」と呆れた声が返ってきた。

 ピアニストはどうやら口が悪いらしい。あんなにいい曲を弾くのに残念だ。

「悪かったな、口が悪くて」
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