怪物公女の母でしたが、子煩悩な竜人皇子様と契約再婚致します
6 離婚前の求婚?
――帝国の第三皇子には呪いが掛けられている。
この噂を従妹のエミリアから聞いた事がある。
「第三皇子はね、人を殺めなければ消えない呪いに掛かってるんですって!」
この噂話で私は初めからこの方に対して恐ろしいイメージを植え付けられていた。
その皇子が……人喰いの竜人皇子がエリーンの眠る姿を見て涙を流すとは。
私達は皇子の寝室から転移魔法で執務室に移動した。
エリーンは皇子が用意して下さったベッドでスヤスヤと眠っている。
「改めまして、本日はこちらの品を買って頂きたく参りました。少々、値は張りますが……」
私から紫色の魔晶石を手に取ったテオドール皇子の瞳が瞬時に輝く。
「これは……! 間違いない。本物の魔晶石だ!」
皇子は信じられない、といった表情をしている。
「一体これは何処で? 何故この魔晶石を……?」
矢継ぎ早の問いに私はにっこり微笑む。
回帰前、私はこの魔晶石の価値を知らずにアレクシスに譲り渡していた。
その頃のピレーネ公国は、私が輿入れした時の持参金も使い果たしていて、アレクシスは私が持っている宝石類をミレーヌと参加する時の夜会に使う様になっていた。
屈辱の中、魔晶石だけは大切に保管していたのだが……。
*
「このドレスはもうマリアンヌには似合わないからミレーヌが着る事にするよ」
「夜会にはミレーヌと参加するからその装飾品を貸して欲しい。彼女にきっと似合う筈だ」
アレクシスは私の産後は一度も寝室には姿を現さなかった。
そして、あれこれ理由をつけては私の物を奪っていったのだ。
毎日使用人の前で怒鳴られていた私は彼らからも見下され、女主人になったかのように振舞うミレーヌに何も言う事が出来なかった。
そんなある日、転機が訪れた。
あれは、エリーンが1歳になった春の事だ。
「マリアンヌ! 君の宝石の中に魔晶石があるよね? 皇帝がお探しなんだ。譲ってくれるよね?」
当時私は父の形見の品として大切に保管していた魔晶石の価値を知らなかった。
勿論初めは断った。
亡くなった父との絆がこれで断ち切れてしまいそうで。
ところがこの時、婚姻後初めてアレクシスが私に跪いたのだ。
「マリアンヌ。これからは君だけを大切にするよ。勿論ミレーヌはこの邸宅から追い出す。魔晶石を皇帝に献上出来れば、これまでは名ばかりだったピレーネ公国は完全に独立して私のものになるんだ!」
ピレーネ公国は元々皇帝の遠い親族だったアレクシスの祖先が当時大変珍しい魔力を持っていた為に賜った小国だ。
独立している様に見えて実際は皇帝の息のかかった属国に過ぎない。
アレクシスは、魔晶石の褒美に大金を要求するつもりだと説明していた。
では当時何故、皇帝が魔晶石を探していたのか……。
この年魔獣が『ロクサーナの森』に大量発生してしまい、王都を襲った。
その時に活躍したのが、呪われた皇子と噂されたテオドール皇子なのだ。
確かこの時、褒美は何が良いか問われた皇子が魔晶石の名を出して王宮では騒ぎになったらしい。
「あの呪われた皇子が恐れ多くも魔晶石を欲しいだなんて言ったせいで皇帝が困り果てたのさ。同じ物、似た物を見つける事が出来た者には皇帝から褒美が貰えるらしい」
「でも、この石が本物かどうか分からないわ」
私が戸惑っているとアレクシスは大金をはたいてこの石の鑑定をした。
その結果をアレクシスは私に教えてくれたが、それは真っ赤な嘘だったのだ。
「――残念だけど、非常に良く出来た模造品だそうだよ。でも皇帝は本物そっくりの物も欲しがっていたから大丈夫だよ」
すっかり騙された私はアレクシスのちっぽけな提案と引き換えにあの魔晶石を手放してしまった。
「魔晶石は偽物だったけど、君とエリーンは元の部屋に戻してあげる。ミレーヌは……実家に帰すのも可哀想だから、今まで君達が使っていた部屋に住まわせる。いいよね?」
模造品だと勘違いした私が真実を知るのは、その1年後になる。
ピレーネ公国は以前より少しは豊かになったけれど、帝国から完全に独立する事は無かったし私の大公家での立場が変わる事もなかった。
魔晶石と引き換えに手に入れたのは、少しだけ以前よりも日当たりが良く、少しだけ広くなった部屋だけ。
1年経ってもミレーヌは変わらなかった……いえ。
以前よりも苛烈で意地の悪い性格になっていった。
「あらぁ? 私から素敵なお部屋を取り上げた親子がいるわ? でも、マリアンヌ様ってやっぱりお馬鹿さんですわねぇ? あんな凄い価値のある魔晶石をあの部屋と交換だなんて」
ミレーヌは、私と部屋を交換した後、新しく贅沢な家具や宝石を買ったそうだ
「私が使ってた古い家具ですから、喜んでお使い下さいねぇ~?」
「――どういう事?」
私が睨みつけた事が気に入らなかったのだろう。
彼女は最後に真実を告げた。
「あの魔晶石は本物のだったそうよぉ? アレクシス様ったら余程私といたいみたいねぇ?」
――あの日の屈辱は忘れられない。
***
「では……この魔晶石はお亡くなりになったお父上の物なのですか?」
テオドール皇子は、魔晶石が形見の品だと聞くと黙り込んでしまった。
「――大丈夫です。わたくし、エリーンを連れて大公家を出るつもりなのです。夫はまだこの魔晶石の価値に気付いていません。もしもこの石の価値が知れてしまえば離縁に応じて貰えない可能性があります。ですからわたくしの手元に無い方が良いのです」
「……侯爵家のご令嬢だった貴女が子供を連れて出て行くとは。宜しければ事情を聞いても?」
私はこれまでの事……アレクシスとの出会いから実家の事情、生まれた子が実子でないと疑われている事、第二夫人が大公家で権力を握っている事を話した。
あ、あら?
どうしたのかしら……部屋の温度が下がった様な?
「――そのクズ男がピレーネ公国の大公だと? 首を刎ねてやりたいな」
私は慌てて首を振り、否定した。
「だ、大丈夫です! そ、そこまでは! ただ……エリーンにあの男が父親だとは思って欲しくありません。子供は自分の事を誰よりも愛してくれる親の元で育てたいのです」
そう。
私だけが我慢すれば良い事ではない。
あの男とミレーヌはエリーンが高い異能を持つ娘なのだと分かると、徹底的に利用して虐待と実験を……。
身体に傷をつける事だけが虐待じゃない。
私のエリーンは後継者教育というもっともらしい言葉の陰で言葉による暴力、罰という名で食事を制限されたりもしていた。
高い魔力と異能を更に引き出す為に私には内緒で何度も恐ろしい実験を繰り返したと、後になって聞くこととなる。
私は……心の弱い私はあの時本当の意味で助けてあげられなかった。
いくら、2人だけになった時に慰めても、いくらあとからこっそり食事を与えてもそれは……その場しのぎのごまかしでしかなかったのに!
私はもう、同じ過ちは繰り返さないと誓った。
テオドール皇子は私とエリーンをじっと見つめた。
「では、私から一つ提案を。マリアンヌ、ピレーネ大公と離縁したら、私と再婚して欲しい。エリーンは私と貴女の娘として迎える。契約結婚だ」
へ?
ええええええーーーーー?
思わず息を呑む。
心臓が高鳴り、私は全身が熱くなるのを感じた。
あの時の屈辱も痛みも全て報われる予感がした。