氷と花
*
ウェンストン・ホールの玄関の前に、麻袋を積んだ郵便馬車が到着したのはそれから一時間後だった。
たまたま出掛けていたディクソンに代わりマージュが受け取りに出ると、渡されたのはたった一通の手紙だけで、それもマージュ宛てだった。
(誰からかしら?)
もしかしたら、ダルトンで親しくしていた友人からかもしれない。
フレドリックに捨てられた後のマージュは、しばらくダルトンの社交界でつまはじき者にされていたから、親しい友人でもおいそれと会いに来られる雰囲気ではなかったのだ。
しかし時も経って、ネイサンとの結婚が確実になったマージュに、手紙のひとつでも送ろうと決心してくれた友がいたのかもしれない。
マージュは嬉しくなって、玄関の扉を閉じると、差出人の名前も確認せずに蝋封を破って手紙を開いた。
『愛しいマージュ』
と、手紙ははじまっていた。
──え?
『僕がどれほど後悔しているか、君に分かってもらうのは難しいと思う。それでも僕は君に言わなければならない……僕は今でも君を愛していると。
僕が他の女性と結婚するつもりだと伝えた時の、君の傷ついた瞳をいつも忘れられない。
この結婚はひどい間違いだった。
僕は煩悩に惑わされ、若さにつけいられて、君を裏切ってしまった。
彼女はただ金のために僕の色欲を利用し、あだごころをくすぐった挙句に、兄の仕送りが減ったと見るや別れたいと言い出したんだ。そしていくつか金目のものを盗んで、ロンドンに逃げ帰ってしまった。僕達は結局フランスにも旅立っていない!
僕が万死に値する裏切りをしてしまったことはよく分かっている。
君が僕を恨んだとしても、それは当然のことだ。
でも……僕らの愛はそんなに簡単に死んだりはしないと信じている。ああ、マージュ、もし少しでも僕のことを愛してくれているなら、考え直して欲しい。
兄はあの通り冷たい人間だから、君はきっと寂しい思いをしているだろうね。
ウィングレーンも君には合わない街だ。
僕は君に会いに行くよ。この手紙と僕のどちらが早く君のもとに着くかは分からない。何百回でも、何千回でも君に謝ろう。どうか僕を許して欲しい。
そして僕らの愛を忘れないでいて欲しい。
君の、
君だけのフレドリック』
手紙ははらりとマージュの手からすり抜け、よく磨かられた冷たい床に落ちた。