早河シリーズ序章【白昼夢】スピンオフ
 季節は十月。長袖のセーラー服に身を包んだ麻衣子は、秋の香りの漂う帰り道を友人の真理と歩いていた。

「理科のプリントたるいなぁー。元素記号なんか覚えなくても人生、生きていけるっつーの!」

 真理の憂鬱なぼやきで、麻衣子は宿題として渡された理科のプリントを教室に忘れてきたことに気付いた。真理には先に帰ってもらい、麻衣子は急いで学校に戻る。

三年五組のプレートがかかる教室が麻衣子のクラス。教室の扉を開けようとした時に、手が止まる。扉の上部にある窓から教室の様子が見えた。

 生徒が帰った後の誰もいないはずの教室に、二人の人影がある。窓からは、机の上に乗っている男子生徒の横顔が見えた。

麻衣子には、横顔だけでその男子生徒が隼人だとわかった。隼人の隣には山崎沙耶香が立っていて、隼人は沙耶香の腰に手を回している。

 隼人が沙耶香の耳元で何かを囁き、沙耶香は嬉しそうに笑っている。また……麻衣子の知らない隼人の顔だ。

二人はキスをしていた。胸の奥が張り裂けそうに痛い。あそこにいるのは、麻衣子の知る隼人じゃない。

 沙耶香が隼人に抱きつき、隼人が彼女を抱き締める。隼人が沙耶香を抱き締めた時、廊下側に顔を向けた。

麻衣子と隼人の目が合った。教室にいる彼から麻衣子の顔が見えていたのかは、わからない。
でもほんの数秒間、麻衣子と隼人の視線は交わっていた。
いたたまれなくなった麻衣子は、教室を離れて階段を駆け降りた。

 隼人と山崎沙耶香がキスしているところを見てしまった。見たくなかった。
溢れてくる涙を拭う余裕もなく、夕焼け空の下でひとりぼっちの帰り道を行く。

 隼人が好き。その気持ちを、これまで口に出して隼人に伝えたことはない。もし言葉にしてしまえば、今までのように隼人の隣にいられなくなりそうで怖い。
隼人の幼なじみのポジションさえも失ってしまいそうで……。

(でもたとえ隼人に告白しても、隼人は私を選んではくれない。隼人にとって私は、ただの幼なじみでしかないの)
< 12 / 163 >

この作品をシェア

pagetop