あの場所へ

2.出会い

俺と七海との出会いは,
高校二年生の夏だった。


夏休みも残り3日,
山のように出されたプリントを横目に,
俺は頭を抱えていた。

うるさいお袋の小言から逃げ出すように,
俺は図書館の学習室にやってきた。
いくら財政難といっても,
快適な室内温度に保たれたこの場所は,

横にあるプリントの山がなければ,
まるで天国のようだった。

「誰か…助けてくれ・・・」

とメールを打っても,返事はなく,
友達の薄情さにがっかりしながらも,

一人でこの難解な問題を
解かなければならない現実と戦っていた。

そのときだった。

「ねえ。3組の上妻直樹くんだよね。」

と頭の上から,
ささやくような小さな声がふってきた。

「ああ,そうだけど,」 
俺は返事をしながら顔をあげると,

「シー,静かにして。」 
と唇に人差し指を当てながら,
俺に声をかけてきた彼女に,
引っ張られるようにして,
廊下にでてきた。

「なん,なんだよ。」 
いきなりの展開に俺は戸惑っていたが,
そんなことは構わないような感じで,
彼女は続けた。

「もしかして,
 宿題終わってないの?」

「ああ。そうだよ。だから何なんだ.」
俺はイライラして答えた。


「なら,教えてあげる。
 隣に座ってもいい?
 私は,1組の門倉七海って言うの。
 よろしくね。」

そういうと,
髪を後ろに一つにギュっと束ねて,
真面目な優等生タイプの
彼女は学習室に戻ると,
俺の隣の席に勝手に座った。


「おいおい,何考えてんだ。」
俺は慌てて部屋に入ると,
彼女の横に腰を下ろして小声で言った。
彼女は,ニコッと俺を見て,
笑顔をみせると,急に真顔になって,


「じゃ。数学からやろう。」
とプリントをあさりはじめた。

こうなったら,しょうがない。

俺は腹をくくると完全に彼女のペースに
嵌めれてはいたが,問題と格闘し始めた。
そうして,俺の夏休みの最後の3日間は,
図書館に通い,課題のプリントの消化に
使われた。

俺は,
3日間付き合ってくれた七海のおかげで,
その後のプリント未提出者の居残り常習者
の中に,名を連ねることはなかったのだ。
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