千代子と司 ~スパダリヤクザは幼馴染みの甘い優しさに恋い焦がれる~
第9話 千代子と司
薫の懲役が終わる頃には本部も更地だ。
そう言った元四代目会長、中津川は面会にやって来た司を真っ直ぐに見据える。
もう何も残っちゃいねえだろうよ、と勾留中のアクリルパネル越しの会話はどこか一つの時代の終焉を自らに言い聞かせているかのようだ、と司の目には映っていた。
「それより司。お前、父親とは」
「二度と彼女を危険な目に遭わせるな、と言いました」
「まあそうなるわな。俺も穏便に連れ出していると思って任せちまっていたんだが」
やっぱり荒っぽいんだよなあ、お前ん所は。
そう言う中津川は深く頭を下げる司に笑い掛けていた。
それは夏の終わり、秋の始まり。
キッチンからは香ばしくも甘い香りがする。
「お夕飯が近いので一枚だけですよ」
「はーい」
いつか聞いた言葉がまた一つ……と司の声ではない間延びした返事も一つ。
相変わらずホットケーキを焼いていた千代子は広いカウンターキッチンからリビングで昼過ぎあたりから飲んでいた司たち三人を見てにこにことしていた。
「ってか何この二人掛けのテーブル。兄貴マジあざといッスよね。最初っから“ちよちゃん”と暮らすの前提で買っちゃってさ~」
空いたグラスを持ってきていた松戸がキッチンに立っている千代子にどこに置いておく?と問うが目を丸くさせてきょとんとしている姿に「え、マジで知らなかった……とか?」と問う。
「いえ……そっか、そうですよね……こんな広いお部屋で二人掛けって」
あまりにも自然に置いてあったから気が付かなかった、と言われてしまった松戸は「男の一人暮らしならこのカウンターに椅子だけで十分ッスよ」と言う。
だから初めてこの部屋に訪れた時には無くて、二回目の荷物を片付けて欲しいと言われ、おまけにランチまで作ったあの日。その時点で司は自分との同棲を考えていたのだろうか。
いや、そんなこと……と千代子の視線が司に向けられるが当の本人はソファーから立って千代子にちょっかいを掛けている松戸を回収していく。
「なあ松。お前が預からせてくれって言うから任せちまった三浦なんだが、様子はどうだ?」
「あー元気してますよ。最近はみーちゃんサンって俺は呼んでンすけど」
「なんて名前付けてやってんだよ……まあお前のが一応、本家付きで格上だったが」
「みーちゃんサン、マジで心配だったんだそうですよ。兄貴、御実家には何も連絡してなかったから……唯一、自分が任されて残っていた街金だけが兄貴たち親子の最後の繋がりだ、って思っちゃってて。その場所を兄貴が消しちまったら本当に親子の関係まで消えちまうと思ったらしく」
「ああ、まあ、仕えている長さを考えれば……俺たちがその立場だったら、そう考えちまうかもしれねえな」
芝山の言葉に松戸も緩く頷く。気持ちは分かってやれる。
そんな舎弟としての思いはたまたま多重債務者への回収現場に居合わせてしまった薫による「司の懐に入り込んでくれたら、ウチのでけえ店をくれてやる」と言う甘い提案をどうにか跳ねのけ、司にもどうか自分の店の存続を、と願い出た。
しかし当の司は単純に街金に興味が無く……素っ気ない態度のまま。
三浦の焦りは募り、司に一番近い者の一人である松戸にも個人的に接触し、昼食に誘われた際にはもう自分ではどうすることも出来ない状態に、薫から半ば脅されている状況にまでなってしまった、と正直に打ち明けていた。
薫が持っていた街金は未だに非合法的な激しい取り立てを行っていた。たまたま取り立てでかち合ってしまった当初、あのヤクザたらしめるような取り立てが出来ていた過去の輝かしき時代を知っていた三浦も薫から提示された“大きなシノギ”に目が眩んでしまった。だがやはりどうしても本来の組への――かつては確かに強かった男、司の実父への忠義は忘れていなかった。
司が生まれて父親となり、血の気が多かったはずの修は丸くなったどころか思い悩んだ末に半ば枯れてしまったと言うのは事実で……。
そして三浦が薫と“忠義”の狭間で板挟みになっていたのと同じ時期。修は三浦の状態も把握した上で中津川と内密に連絡を取り合っていた。
衰退してゆくばかりの武闘派の組織を次々に懐に納め、カタギとして生きようとしている司の脅威と成り得る程に組織を肥大化させ続けていた薫。そのなりふり構わぬ危険な行動を今は亡き次兄に代わり、親代わりとして修は抑えようとしていた。