Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
賄い係への応募
「賄い係を募集するの?」
天牢庵を訪ねたカペラが、フォマルハウトに聞いた。
「ああ、来月、八穀のスタッフが辞めることになってしまってね」
天牢庵の賄い機関――八穀の60代の女性が、来月定年を迎える。そのため、新しい調理係が必要となったのだ。
「私が手伝った方がいい? 募集してすぐに来てくれるかは分からないし……」
カペラが提案したが、フォマルハウトは首をふった。
「カペラには、訓練でけがをした候補生を癒やす役目があるからね。兼務は大変だよ」
「でも天漢癒の腕輪があるし、もう誰でも回復の術が使えるわよ」
後世、シリウスの代で活用された天漢癒の腕輪――看護師であるカペラとフォマルハウトが力を合わせ、紫微垣の霊力を腕輪に込めて精製したのだ。
「ただね、あの腕輪はあなたじゃないと力を発揮できていないんだよ。僕が使っても、回復に時間がかかることが多いんだ」
「じゃあ、やっぱり応募するのね」
「うん、食べ盛りの少年少女たちだから、食事で手を抜くわけにはいかないさ」
そんな話をしていると、ミアプラが通りかかった。
「あら、ミアプラ。今日も元気にやっている?」
カペラの声を、しかしミアプラは無視して通り過ぎていった。
「何、あれ?」
頬をふくらませるカペラ。
「思春期まっただ中だね。僕も最近、相手にされない」
フォマルハウトは苦笑しながら肩をすくめる。数年したら、また笑顔を見せてくれるよと言いつつも、彼女の態度が気になっていた。
(…反抗期、だけじゃないような気もするんだよなあ)
元記者であるフォマルハウトは洞察力が優れている。ミアプラの表情には、どこか陰があるように感じ、それを懸念していたのだ。
数日後。天牢庵の八穀スタッフの募集広告は、東の都だけでなく中つ都にも届いた。内容は、東の都の天牢庵に住み込みで働くことが条件で、調理ができて、年齢は20代~50代、性別は問わないとのことだ。
カノープスがその募集広告を見たのは、中つ都の支所役場だった。母親がアルコール依存症で父親はいなく、カノープスとアルセフィナは年齢的にまだ学舎に属する。収入がないため、月に1回、平日の午前中に生活保護金をもらいに行っていた。カノープスは当初、羞恥心もあって「貧しいことがばれる」と保護金をもらうことを渋っていた。が、アルセフィナのことを考えるとそんなことも言っていられなかった。
先に市場で買い物を済ませ、保護金の手続きが終わり、席を立った時にその広告を見た。顔を向けた先の掲示板に貼り出されていたのである。
(賄い係か……)
紫微垣のことはカノープスも知っていた。15年前に妖星疫の蔓延を終息させた英雄であり、約300年前には大海嘯を鎮めたとも言われている。その候補生たちが訓練に明け暮れる天牢庵で、食事を世話するのだ。
「無理だよなあ……」
独り言をつぶやく。調理にはある程度の自信がある。が、年齢と住み込みという条件がネックだと思った。自分は15歳で大人ではないからまだ働けない。しかも東の都に家族3人で引っ越し、天牢庵に住まなければならない。
それでもカノープスはその広告をじっと見ていた。報酬が魅力的であきらめきれなかった。額は上級学校を卒業して就職した者と同じくらいである。家族3人を養うには充分だった。しかも、住居が保障されている。
「あら、それに興味があるの?」
1人の女性がカノープスに話しかけてきた。年は40代前半ほどで、母親のマルケブとあまり変わらないだろう。
「ええ、だけど俺には無理っす。料理はするけど、ガキだし引っ越すのも難しいし」
するとその女性は満面の笑顔で言った。
「よかったら今、面接してみない?」
「は?」
「実は、その天牢庵の責任者の紫微垣が、この都に来ているのよ。私は彼の妻。いらっしゃい、案内してあげる」
その女性――カペラに連れられて、中つ都の本部役場にやってきた。「あまり遅くなると家族が心配するんだけど……」と言うのだが、カペラは「大丈夫大丈夫、私がご家族に説明してあげるから」と楽観的である。
自分の母親とは対照的である。母のマルケブは、顔は端正だがいつも雰囲気が暗くて一緒にいると気が滅入るほどだ。この女性はいつも笑顔で声も底抜けに明るい。同じ世代の女性でこんなに違うものなのか……。
2人は、役場の小部屋の前に着いた。
「ハウト、八穀に応募してくれる人を連れてきたわ」
カペラがドアを開けると、そこには1人の男性がいた。年は40歳前後、細身で穏やかな表情をしている。全体の雰囲気が知性にあふれていて、ただ者ではないことが分かった。
男性は立ち上がり、握手のために手をさしのべてきた。
「応募してくれてありがとうございます。僕はフォマルハウト。二代目紫微垣にして、天牢庵の責任者です」
天牢庵を訪ねたカペラが、フォマルハウトに聞いた。
「ああ、来月、八穀のスタッフが辞めることになってしまってね」
天牢庵の賄い機関――八穀の60代の女性が、来月定年を迎える。そのため、新しい調理係が必要となったのだ。
「私が手伝った方がいい? 募集してすぐに来てくれるかは分からないし……」
カペラが提案したが、フォマルハウトは首をふった。
「カペラには、訓練でけがをした候補生を癒やす役目があるからね。兼務は大変だよ」
「でも天漢癒の腕輪があるし、もう誰でも回復の術が使えるわよ」
後世、シリウスの代で活用された天漢癒の腕輪――看護師であるカペラとフォマルハウトが力を合わせ、紫微垣の霊力を腕輪に込めて精製したのだ。
「ただね、あの腕輪はあなたじゃないと力を発揮できていないんだよ。僕が使っても、回復に時間がかかることが多いんだ」
「じゃあ、やっぱり応募するのね」
「うん、食べ盛りの少年少女たちだから、食事で手を抜くわけにはいかないさ」
そんな話をしていると、ミアプラが通りかかった。
「あら、ミアプラ。今日も元気にやっている?」
カペラの声を、しかしミアプラは無視して通り過ぎていった。
「何、あれ?」
頬をふくらませるカペラ。
「思春期まっただ中だね。僕も最近、相手にされない」
フォマルハウトは苦笑しながら肩をすくめる。数年したら、また笑顔を見せてくれるよと言いつつも、彼女の態度が気になっていた。
(…反抗期、だけじゃないような気もするんだよなあ)
元記者であるフォマルハウトは洞察力が優れている。ミアプラの表情には、どこか陰があるように感じ、それを懸念していたのだ。
数日後。天牢庵の八穀スタッフの募集広告は、東の都だけでなく中つ都にも届いた。内容は、東の都の天牢庵に住み込みで働くことが条件で、調理ができて、年齢は20代~50代、性別は問わないとのことだ。
カノープスがその募集広告を見たのは、中つ都の支所役場だった。母親がアルコール依存症で父親はいなく、カノープスとアルセフィナは年齢的にまだ学舎に属する。収入がないため、月に1回、平日の午前中に生活保護金をもらいに行っていた。カノープスは当初、羞恥心もあって「貧しいことがばれる」と保護金をもらうことを渋っていた。が、アルセフィナのことを考えるとそんなことも言っていられなかった。
先に市場で買い物を済ませ、保護金の手続きが終わり、席を立った時にその広告を見た。顔を向けた先の掲示板に貼り出されていたのである。
(賄い係か……)
紫微垣のことはカノープスも知っていた。15年前に妖星疫の蔓延を終息させた英雄であり、約300年前には大海嘯を鎮めたとも言われている。その候補生たちが訓練に明け暮れる天牢庵で、食事を世話するのだ。
「無理だよなあ……」
独り言をつぶやく。調理にはある程度の自信がある。が、年齢と住み込みという条件がネックだと思った。自分は15歳で大人ではないからまだ働けない。しかも東の都に家族3人で引っ越し、天牢庵に住まなければならない。
それでもカノープスはその広告をじっと見ていた。報酬が魅力的であきらめきれなかった。額は上級学校を卒業して就職した者と同じくらいである。家族3人を養うには充分だった。しかも、住居が保障されている。
「あら、それに興味があるの?」
1人の女性がカノープスに話しかけてきた。年は40代前半ほどで、母親のマルケブとあまり変わらないだろう。
「ええ、だけど俺には無理っす。料理はするけど、ガキだし引っ越すのも難しいし」
するとその女性は満面の笑顔で言った。
「よかったら今、面接してみない?」
「は?」
「実は、その天牢庵の責任者の紫微垣が、この都に来ているのよ。私は彼の妻。いらっしゃい、案内してあげる」
その女性――カペラに連れられて、中つ都の本部役場にやってきた。「あまり遅くなると家族が心配するんだけど……」と言うのだが、カペラは「大丈夫大丈夫、私がご家族に説明してあげるから」と楽観的である。
自分の母親とは対照的である。母のマルケブは、顔は端正だがいつも雰囲気が暗くて一緒にいると気が滅入るほどだ。この女性はいつも笑顔で声も底抜けに明るい。同じ世代の女性でこんなに違うものなのか……。
2人は、役場の小部屋の前に着いた。
「ハウト、八穀に応募してくれる人を連れてきたわ」
カペラがドアを開けると、そこには1人の男性がいた。年は40歳前後、細身で穏やかな表情をしている。全体の雰囲気が知性にあふれていて、ただ者ではないことが分かった。
男性は立ち上がり、握手のために手をさしのべてきた。
「応募してくれてありがとうございます。僕はフォマルハウト。二代目紫微垣にして、天牢庵の責任者です」