Star Shurine Gardian ―星の大地にある秘宝の守護者―
五車の島へ
終業の日の翌朝。アルコルはミザルと支度を調えた。
「よし、じゃあ行くか」
「うん」
荷物は着替え、食料、水筒、テント……それから五車の島のガイドブックである。五車の島は無人島であるが、夏になると海水浴やキャンプの客が来ることがあり、そこそこにぎわう。もっともにぎわうのは海岸周辺で、原生林などがある奥地には人は入らない。
アルコルとミザルは、東の都の北側にある港にやって船に乗り込んだ。ここから数時間船に乗り、島に行くのである。やや緊張気味のアルコルは、顔がこわばっていた。神からの啓示を受け、指示された地に行くのだから無理もない。
ミザルはというと…ラフな格好をして甲板の座椅子に寝転んでいる。
「日差しと潮風が気持ちいいなあ、夏だねえ」
「ミザル…」
甲板の船員からもらった空色のドリンクを飲み、くつろぐ。正義感が強く慈悲深い人格者…と思いきや、自分のやりたいことをやるマイペースっぷり。不思議な人だ。
「アルコル、どうしたんだ? 君も少しは楽しみたまえ」
「いや、僕は……」
これからどんな啓示が来るのか気が気ではなかった。そんなアルコルの表情を読み取ったのか、ミザルは起き上がって言った。
「肩の力を抜きな。自然体が使命を遂行するコツだ」
「はあ……」
根拠に乏しい言葉だが、何となく説得力があった。
五車の島は南側が浜辺になっていて、少し陸地に足を伸ばすと高台になっている。毎夏、多くの人が日帰りの海水浴に来たりテントをはってキャンプをしたりしている。2人は、テントをその一群にはり、荷物をおろした。
すると、ひと組の女の子グループが近寄ってくる。
「こんにちは。暑いですね」
5人組で、みんなかわいい。が、アルコルはあかの他人に心を開くほどまでに、人間不信が治っていない。それをよそに、ミザルは気軽に返答する。
「暑いですねえ。皆さんは仲良し女子グループのキャンプですか?」
そんなふうに意気投合している。ミザルは顔立ちも端正で体つきも細いながらたくましく、女子から見たら魅力的なのだろう。「もてる男はすごいなあ……」とアルコルが思っていると、グループの女子1人に声を掛けられた。赤い髪をポニーテールに結ったかわいらしい子である。
「あなたもキャンプ? あの人はお兄さん?」
水着姿なのでどぎまぎする。アルコルより少し年上のようだ。
「い、いや、近所の仲良しの人で……」
「あら、そうなの」
アルコルの顔をのぞきこむ。その時、胸の谷間が目に入り、顔が真っ赤になった。
「うふふ、あなた、かわいい顔立ちしているわね。女の子みたい」
にっこり微笑まれてさらに顔が赤くなる。女性に慣れていないと大変だ……。
その後ミザルとアルコルは、なぜか彼女らと海で遊び始めた。パシャパシャと海水をはね返しているのが楽しくなり、不安はなくなった。女の子と遊んだことがないアルコルにとっては新鮮で夢中になる経験だった。
が、海遊びが一段落して浜辺に寝そべっていた時――
《…に行け》
という声がした。
「え?」
「どうしたの?」
女の子たちが不思議そうな顔をした。
《島の北東に行け》
今度ははっきりとした声で聞こえた。どうやらアルコルにしか聞こえていない。
(啓示が来たのか)
ミザルが察した。同時に、女の子たちに突然話しても信じてもらえないだろう。アルコルに耳打ちした。
「今、この場を離れるのも不自然だ。夕方になったら移動しよう」
しかし、ミザルのもくろみはあてが外れた。夕食を一緒にとることとなったのである。
「ミザル……」
「僕ら、思ったよりもてるのかね?」
おどけた調子で言うが、これでは啓示で示された場所に行けない。仕方なく、とりあえず一緒に夕食を調理することにした。
テントをはっている場所には、井戸や川、たき火用の場所、鍋などがそろっている。7人で野菜と魚を切って鍋に入れ、香料を混ぜた。
女の子たちは、アルコルの手際に目を見張った。この時代の男性は、ほとんど家事ができない。しかし、アルコルは主婦なみの手際で野菜や魚を切る。鍋を混ぜる手つきも手慣れているものだ。
「上手ね、あなた」
先の女の子が感心する。
「いや、まあ……」
母親のベナトナシュから強制的に手伝わされていた。それがここで生きたというわけだ。
皿に盛り付け、皆で食べる。その最中、自己紹介をしていなかったことに気付いたので、それぞれ名前を言った。アルコルの次は、例の女の子だ。
「私はベナトナシュです。みんなからはベナって呼ばれるの。よろしくね」
その名前を聞いてアルコルの顔がこわばった。ベナトナシュ――あの忌まわしい母親と同じ名前だった。
「どうしたの、アルコル?」
その表情の変化に気付いたベナは、アルコルの手を優しくつかんだ。
「あ、いや……」
「何、どうしたの? お姉さんに言ってみなさいっ」
ベナはアルコルの後ろに回って、首に腕を伸ばして抱きついてきた。背中にベナの胸が触れ、顔が一気に赤くなっていく。
(柔らかい……)
アルコルも年頃の男子である。意識せずにはいられない。
「ベナー、年下男子をからかうのよしなって。アルコル君、赤くなっているよ」
「えーだって、アルコルかわいいんだもん。私、気に入っちゃったあ」
ベナは軽く腕に力を入れる。胸が強く押しつけられてくる。
その様子を見て、ミザルは「アルコルにも春が来たか」と微笑んだが、アルコルの表情が苦しそうになっているのに気付いた。そこで、ミザルはアルコルの腕をつかんだ。
「よかったな、アルコル。友達が増えて。さて、後片付けしようか」
後片付けをして火を囲んで談笑した後、それぞれのテントで休んだ。アルコルとミザルは、テントの中で並んで横になっている。
「アルコル、大丈夫か?」
「ミザル…」
「かわいい女の子に抱きつかれてびっくりした……だけじゃないだろう?」
ミザルは見抜いていた。ベナの名前を聞いた瞬間、アルコルの表情がこわばったのだ。いや、正確には曇ったという方が正しい。
「母親の名前と同じだったから、嫌な記憶も一緒に出てきたんだよな」
「うん……」
女の子にあそこまで好意を寄せられるのは初めてだ。だけど、その子の名前があの母親と同じ名前なので、恥ずかしさや照れくささより忌まわしさが上回ってしまった。
「恋愛に限らず、人間関係は難しいことがある。ただ、あの子は君の母親とは別人だからな」
「うん……」
「さて、明日は朝から鏡の玉のところに行くぞ。寝坊しないようにな」
「…ミザル、女の子たちに誘われてもうまく説得してね」
「はは、こりゃ一本とられた」
本当は今日すぐにでも鏡の玉を探そうと思っていたのに、調子に乗って遊んでしまったからできなかった。明日はしっかりしなければな――。
翌朝。7人で朝食をとった後、ミザルは言った。
「ごめん、今日はアルコルと島の北東に行ってくる。午後はもしかしたら帰ってきて遊べるかもしれないけど……」
「えー、あたし、アルコルと遊びたい!」
ベナが頬をふくらませながら、自分の腕をアルコルの腕に絡ませる。
「ベナ、わがまま言わないの。彼らにも用事があるんだから」
どうにか説得し、北東に向け出発した。その間際、ベナがアルコルに「これ」と包みを渡した。
「私が作ったドライフルーツよ。おやつにでも食べて」
その中には、干しぶどうや干しりんご、パイナップルなどが入っていた。
「え、ベナもドライフルーツ作るの!? 僕もなんだ」
「そうなの!? うれしい、同じ趣味の人がいるなんて……」
共通の何かがあると、人は急に打ち解けていく。
「気をつけてね。戻ってきたら、また遊ぼ」
「よし、じゃあ行くか」
「うん」
荷物は着替え、食料、水筒、テント……それから五車の島のガイドブックである。五車の島は無人島であるが、夏になると海水浴やキャンプの客が来ることがあり、そこそこにぎわう。もっともにぎわうのは海岸周辺で、原生林などがある奥地には人は入らない。
アルコルとミザルは、東の都の北側にある港にやって船に乗り込んだ。ここから数時間船に乗り、島に行くのである。やや緊張気味のアルコルは、顔がこわばっていた。神からの啓示を受け、指示された地に行くのだから無理もない。
ミザルはというと…ラフな格好をして甲板の座椅子に寝転んでいる。
「日差しと潮風が気持ちいいなあ、夏だねえ」
「ミザル…」
甲板の船員からもらった空色のドリンクを飲み、くつろぐ。正義感が強く慈悲深い人格者…と思いきや、自分のやりたいことをやるマイペースっぷり。不思議な人だ。
「アルコル、どうしたんだ? 君も少しは楽しみたまえ」
「いや、僕は……」
これからどんな啓示が来るのか気が気ではなかった。そんなアルコルの表情を読み取ったのか、ミザルは起き上がって言った。
「肩の力を抜きな。自然体が使命を遂行するコツだ」
「はあ……」
根拠に乏しい言葉だが、何となく説得力があった。
五車の島は南側が浜辺になっていて、少し陸地に足を伸ばすと高台になっている。毎夏、多くの人が日帰りの海水浴に来たりテントをはってキャンプをしたりしている。2人は、テントをその一群にはり、荷物をおろした。
すると、ひと組の女の子グループが近寄ってくる。
「こんにちは。暑いですね」
5人組で、みんなかわいい。が、アルコルはあかの他人に心を開くほどまでに、人間不信が治っていない。それをよそに、ミザルは気軽に返答する。
「暑いですねえ。皆さんは仲良し女子グループのキャンプですか?」
そんなふうに意気投合している。ミザルは顔立ちも端正で体つきも細いながらたくましく、女子から見たら魅力的なのだろう。「もてる男はすごいなあ……」とアルコルが思っていると、グループの女子1人に声を掛けられた。赤い髪をポニーテールに結ったかわいらしい子である。
「あなたもキャンプ? あの人はお兄さん?」
水着姿なのでどぎまぎする。アルコルより少し年上のようだ。
「い、いや、近所の仲良しの人で……」
「あら、そうなの」
アルコルの顔をのぞきこむ。その時、胸の谷間が目に入り、顔が真っ赤になった。
「うふふ、あなた、かわいい顔立ちしているわね。女の子みたい」
にっこり微笑まれてさらに顔が赤くなる。女性に慣れていないと大変だ……。
その後ミザルとアルコルは、なぜか彼女らと海で遊び始めた。パシャパシャと海水をはね返しているのが楽しくなり、不安はなくなった。女の子と遊んだことがないアルコルにとっては新鮮で夢中になる経験だった。
が、海遊びが一段落して浜辺に寝そべっていた時――
《…に行け》
という声がした。
「え?」
「どうしたの?」
女の子たちが不思議そうな顔をした。
《島の北東に行け》
今度ははっきりとした声で聞こえた。どうやらアルコルにしか聞こえていない。
(啓示が来たのか)
ミザルが察した。同時に、女の子たちに突然話しても信じてもらえないだろう。アルコルに耳打ちした。
「今、この場を離れるのも不自然だ。夕方になったら移動しよう」
しかし、ミザルのもくろみはあてが外れた。夕食を一緒にとることとなったのである。
「ミザル……」
「僕ら、思ったよりもてるのかね?」
おどけた調子で言うが、これでは啓示で示された場所に行けない。仕方なく、とりあえず一緒に夕食を調理することにした。
テントをはっている場所には、井戸や川、たき火用の場所、鍋などがそろっている。7人で野菜と魚を切って鍋に入れ、香料を混ぜた。
女の子たちは、アルコルの手際に目を見張った。この時代の男性は、ほとんど家事ができない。しかし、アルコルは主婦なみの手際で野菜や魚を切る。鍋を混ぜる手つきも手慣れているものだ。
「上手ね、あなた」
先の女の子が感心する。
「いや、まあ……」
母親のベナトナシュから強制的に手伝わされていた。それがここで生きたというわけだ。
皿に盛り付け、皆で食べる。その最中、自己紹介をしていなかったことに気付いたので、それぞれ名前を言った。アルコルの次は、例の女の子だ。
「私はベナトナシュです。みんなからはベナって呼ばれるの。よろしくね」
その名前を聞いてアルコルの顔がこわばった。ベナトナシュ――あの忌まわしい母親と同じ名前だった。
「どうしたの、アルコル?」
その表情の変化に気付いたベナは、アルコルの手を優しくつかんだ。
「あ、いや……」
「何、どうしたの? お姉さんに言ってみなさいっ」
ベナはアルコルの後ろに回って、首に腕を伸ばして抱きついてきた。背中にベナの胸が触れ、顔が一気に赤くなっていく。
(柔らかい……)
アルコルも年頃の男子である。意識せずにはいられない。
「ベナー、年下男子をからかうのよしなって。アルコル君、赤くなっているよ」
「えーだって、アルコルかわいいんだもん。私、気に入っちゃったあ」
ベナは軽く腕に力を入れる。胸が強く押しつけられてくる。
その様子を見て、ミザルは「アルコルにも春が来たか」と微笑んだが、アルコルの表情が苦しそうになっているのに気付いた。そこで、ミザルはアルコルの腕をつかんだ。
「よかったな、アルコル。友達が増えて。さて、後片付けしようか」
後片付けをして火を囲んで談笑した後、それぞれのテントで休んだ。アルコルとミザルは、テントの中で並んで横になっている。
「アルコル、大丈夫か?」
「ミザル…」
「かわいい女の子に抱きつかれてびっくりした……だけじゃないだろう?」
ミザルは見抜いていた。ベナの名前を聞いた瞬間、アルコルの表情がこわばったのだ。いや、正確には曇ったという方が正しい。
「母親の名前と同じだったから、嫌な記憶も一緒に出てきたんだよな」
「うん……」
女の子にあそこまで好意を寄せられるのは初めてだ。だけど、その子の名前があの母親と同じ名前なので、恥ずかしさや照れくささより忌まわしさが上回ってしまった。
「恋愛に限らず、人間関係は難しいことがある。ただ、あの子は君の母親とは別人だからな」
「うん……」
「さて、明日は朝から鏡の玉のところに行くぞ。寝坊しないようにな」
「…ミザル、女の子たちに誘われてもうまく説得してね」
「はは、こりゃ一本とられた」
本当は今日すぐにでも鏡の玉を探そうと思っていたのに、調子に乗って遊んでしまったからできなかった。明日はしっかりしなければな――。
翌朝。7人で朝食をとった後、ミザルは言った。
「ごめん、今日はアルコルと島の北東に行ってくる。午後はもしかしたら帰ってきて遊べるかもしれないけど……」
「えー、あたし、アルコルと遊びたい!」
ベナが頬をふくらませながら、自分の腕をアルコルの腕に絡ませる。
「ベナ、わがまま言わないの。彼らにも用事があるんだから」
どうにか説得し、北東に向け出発した。その間際、ベナがアルコルに「これ」と包みを渡した。
「私が作ったドライフルーツよ。おやつにでも食べて」
その中には、干しぶどうや干しりんご、パイナップルなどが入っていた。
「え、ベナもドライフルーツ作るの!? 僕もなんだ」
「そうなの!? うれしい、同じ趣味の人がいるなんて……」
共通の何かがあると、人は急に打ち解けていく。
「気をつけてね。戻ってきたら、また遊ぼ」