捨てられた『壁令嬢』、北方騎士団の癒やし担当になる
「それじゃあ、あーん」
「……ふふ。シャノンがかわいい……口が小さい……舌も小さい……キスしたい……」
「今はだめでふ」

 エルドレッドに「あーん」された焼き菓子をほおばりながらシャノンがメッとすると、エルドレッドは少し残念そうな顔をしつつも「分かった」と引き下がってくれた。
 たまに強引になるが基本的に聞き分けはいいところが、エルドレッドのよい点である。

 シャノンは手を伸ばし、エルドレッドの体の横に置かれた皿から焼き菓子を一つ摘まみ、それをエルドレッドの口元に運んだ。

「はい、エルドレッド様。あーん」
「シャノン……!」

 エルドレッドは感動で目を潤ませながら、口を開いた。
 まさしく従順な飼い犬でかわいい……と思いながら、シャノンは菓子を持つ手をさっと返し、パクリと自分の口に入れてしまった。

 それを見たエルドレッドは、ものすごくショックを受けた顔をしていた。焼き菓子を食べられなかったことより、シャノンにいたずらされ素っ気なくされたことの方がよほど堪えたと見える。

(……でもまあ、やりっぱなしだとかわいそうだから)

 シャノンは小さく笑うとエルドレッドの両頬を手で押さえて顔を近づけ、半開きになっていた彼の唇にちゅっとキスをした。

「ふふっ。……お菓子の方がよかったですか?」

 顔を離し、自分の唇の下のくぼみにとんとんと指先で触れながらシャノンが問うと、しばし呆然としていたエルドレッドの頬にじわじわと熱が上り、顔を手で覆ってしまった。

「……こっちの方がいい」
「それはよかったです」

(……強引になるときもあるのに、こういうのには弱いのよね)

 エルドレッドが照れている間にシャノンは彼の膝から下り、ピクニックシートの上に座ってお菓子をひょいひょい口に運んでいく。

 春の風が、気持ちいい。

「……辺境伯領の夏って、どんな感じなんでしょうか」

 シャノンは、ぼそっとつぶやいた。

 シャノンがここに来たのは、去年の秋だ。秋、といってももうここら一帯では冬の気配が強くなっていたので、実質シャノンにとって冬以外全ての季節が、初体験となる。

 シャノンの声が聞こえたらしいエルドレッドが顔を上げて、穏やかに微笑んだ。

「王都よりもずっと涼しくて、とても過ごしやすい。湖に行って泳いだり、ボートに乗って遊んだりできる」
「そうなのですね。私は泳げないのですが、ボートは乗ってみたいです」
「いいな、一緒に乗ろう。子どもの頃に見つけた、とっておきの場所があるんだ。そこをシャノンに紹介したい」
「素敵ですね」

 シャノンも微笑み、とん、とエルドレッドの肩に身を預けた。彼の腕がシャノンの腰に回り、そっと抱き寄せられる。

 そのまま口づけられると、つい先ほどまでシャノンは焼き菓子を食べていたからか、唇の近くが少しざらざらする。

「甘いな」
「お菓子を食べていましたから」
「もっと、味わってもいいか?」
「……お好きなだけ、どうぞ」

 シャノンはふふっと笑い、エルドレッドの首に両腕を回した。エルドレッドは片腕でシャノンを抱き上げてもう片方の手で頬に触れ、その唇の「甘さ」を十分に堪能しにかかってくる。

「愛している。私の愛しい人。……この地に舞い降りてきてくれた、春の妖精」

 口づけの合間に囁かれたので、

「私も愛しています。私の……未来の旦那様」

 シャノンも囁いたのだった。
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