白い結婚?喜んで!〜旦那様、その恋心は勘違いですよ〜
 こうなると、私だけがぐうたらしているのが物凄く申し訳なくて、何かお返ししたいという気持ちになる。でもそうなると最初の取り決めを破ることになるし……と、もやもやした感情に苛まれていた。
 正面に座る旦那様をじっと見つめると、彼はふいっと視線を逸らす。すぐ私に戻って、また逸らされて、すぐ戻るという謎行動を繰り返していた。
「このままでは、ただの駄目な妻で穀潰しですよね」
「いやそれはない」
 やけにきっぱりとした言い方で、心なしか体も前のめりになっている。
「むしろフィリアは欲がなさ過ぎる。白い結婚の見返りを求めるでもなく、贅沢な生活を望むでもなく、いつも屋敷の中で楽しそうに過ごしている。笑い声が聞こえるたびに何をしているのか気になるし、美味しそうに食べる顔を見るたびにもっと食べさせてやりたくなるし、ブルーメルの綺麗な景色も一緒に見に行きたい。どこに連れて行っても君はきっと満面の笑みで喜んでくれるだろうと想像が出来るし、そんな笑顔を見るともっともっとという欲が」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!とても全部覚えきれないので、もっとゆっくり!あと近い!」
 だんだん早口になると同時に顔が近付いてきて、いつの間にか旦那様の長いまつ毛が私にぶつかってしまうんじゃないかと思うくらいの距離まで、顔が迫っている。
 どうやら彼は意識していなかったようで、はっとしたように体を離して、なぜか両手で顔を覆った。
「何をしているんだ僕は、気持ち悪い……」
「ど、どうかしました?もしかして酔ったとか?」
「いや、むしろ酔いたいくらいだ……」
 今度は急に落ち込んでしまった。今日の旦那様の情緒は、まるで急勾配の坂みたい。
「とにかく僕が言いたかったのは、フィリアが気に病む必要はまったくないということだ。君はいつも通り、そのままでいい」
「分かりました、では遠慮なくそうさせていただきます」
「ああ」
 安堵したような笑顔を浮かべる旦那様を見ていると、言い表しようのない不思議な感情が胸の奥に広がっていく気がして、思わずそこを手で押さえる。
「どうしたフィリア、辛いのか?息が苦しいのか?一旦馬車を止めるか、それとも医者へ」
「だだだ、大丈夫です!大丈夫ですから!」
 本当に医者を呼びかねない勢いで心配されたので、私は慌てて天高く両手を突き上げて、元気であることを必死に証明したのだった。
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