【Guilty secret】

(“子どもだから”絶対に人は殺さない?)

 背筋がゾッとした。脳裏に浮かんだ恐ろしい想像は払拭したくてもなかなか消えない。

「やだ。何考えてるんだろ……」

 かぶりを振って彼女はまた捜査資料をめくる。開いたページは事件当時に佐久間邸にあった物のリスト。

聡子のアクセサリー類や晋一の腕時計、価値のありそうな品物は手付かずだった。他は事件とは無関係なキッチン用具や日用品、家財道具などが個数もまとめて一覧になっている。

芽依のランドセルも彼女の部屋にあった。

(大人用雨ガッパ……カッパがふたつ?)

 真紀は日用品の項目に着目する。何の変哲もない、傘と長靴と雨ガッパの雨具の項目が妙に引っ掛かった。

 スーパーの袋を提げて矢野が車に戻ってきた。

『ただいまー。真紀が好きなイチゴヨーグルト買ってきたよ。あとたまにはチョコも』
「ありがとう。ちょうどチョコ食べたかったの」

矢野がスーパーで買ってきた物は、ほとんど真紀の食べ物で彼女の好物ばかりだ。矢野の分はコロッケパンとペットボトルのお茶と栄養ドリンクのみ。

『妊婦なんだからチョコはちょこっとだけな?』
「寒い。ゼロ点」
『えー。真紀ちゃん採点厳しいー』

小分けになったチョコレートの包みを開けて真紀は一粒チョコを口に運んだ。食べ過ぎはいけないが、甘い物も必要だ。

「ねぇ、小学生ってカッパ着るよね?」
『カッパ? 頭に皿のっけてる亀みたいなアイツじゃなくて?』
「そっちじゃなくて雨具のカッパ!」

コロッケパンを頬張る矢野が笑う。

『わかってるよー。小学生なら学校行く時にでも着ていくんじゃない? カッパがどうかした?』
「佐久間家に残っていた物のリストに雨具があったんだけど、傘や長靴は大人用と子ども用が揃えてあるのに、カッパだけ大人用しかないの。娘の分のカッパがない」
『娘のカッパは買っていなかったとか、小学生だから身長も伸びるだろうし、サイズが合わなくなって捨ててそのままとか?』

 矢野が挙げた一例は娘の雨ガッパがないことの筋は通る。だが真紀はもうひとつの可能性を考えていた。

「それも有り得るよ。でもさっきから嫌な想像しちゃって……。被害者二人を刺し殺した凶器は見つかってない。傷口の形状から普通の料理包丁だと考えられていて、被害者は何度も刺されている。現場は血の海。犯人は相当の量の返り血を浴びているはずよ。だからカッパを着れば、血が服や身体に付着することはある程度は防げるから……」

矢野が表情を変える。

『おい真紀、ちょっと待て。なかったのは娘の分のカッパだろ? カッパで返り血を防いだとしても子どもサイズだ。どうやったって大人は着れないぞ』
「だから“子どもサイズのカッパを着られる人間”が……」

 重苦しい空気が二人を包んだ。真紀の考えが読めた矢野は、前屈みにハンドルに腕を乗せて前方を見据える。

『可能性はゼロじゃないか』
「うん。ゼロとも言えない」
『どうする? まだあと数軒、聞き込み予定の家あるけど……』
「次は芽依と同じ小学校に通っていた同級生の家よね。行こう」

 休憩を済ませて再び閑静な住宅街に降り立った。
かつての佐久間邸があった場所の前を通ると、事件から10年経っても買い手がつかずに売りに出されたままの土地は雑草が伸び放題で荒れ果てていた。
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