【Guilty secret】
 風見新社七階の共有ラウンジで西崎沙耶は上司の国井龍一を待っていた。

『悪い。待たせたな』
「昨日は出社されなかったようですが、どうされたんですか?」

国井は椅子に腰掛けてすぐに煙草を取り出した。共有ラウンジも分煙化が進み、二人がいるこのスペースのみ喫煙を許されている。

『俺にも色々あるんだよ。で、赤木って男のことだが、赤木と芽依が10年前からの知り合いってだけじゃ記事にするには弱いな』
「はい。赤木が事件に関係があるとは限りませんし……。だけど事件後の1週間、芽依ちゃんをかくまって世話をしていたのは赤木ではないかと思うんです。今のところ、赤木以外にそれらしい人物は浮上していません」
『小学生と1週間一緒にいたことが事実でも、それで問われるのはせいぜい拉致、誘拐、監禁だな。赤木が殺人をやった決定的な証拠でも出れば話は別なんだが』

彼が吐き出した紫煙が沙耶の方に流れてくる。沙耶は煙たそうに目を細めた。

「芽依ちゃんは事件が蒸し返されるのを望んでいません。彼女から事件の話を聞き出すのは無理かもしれません」
『娘が望まなくても世間は事件の進展を望む。それが他人事であればあるほど、世間っていうのは新事実にめっぽう弱い。うちだけが掴んだ新事実のネタがあれば本も飛ぶように売れる。だからやれ。真実を追うのがジャーナリストの仕事だ』

 国井は人としては女性部下に手を出して浮気を繰り返す最低な男だ。しかしジャーナリストとしての能力は高い。

2年前に他部署にいた沙耶を社会部に抜擢してくれたのも国井だった。国井からやれと言われて、出来ませんとは言えない。

沙耶自身もこの未解決事件の裏には何かある予感がする。それを探る好奇心にジャーナリストの血が騒いでいる。

『お前、ドッペルゲンガーって信じるか?』
「ドッペルゲンガー?」

 唐突な話の展開に沙耶は怪訝な顔をした。ドッペルゲンガーと言われてもすぐには想像ができない。

「えーっと……ゾンビじゃなくてフランケンシュタインでもなくて……自分とそっくりな顔を見かけるってやつですよね?」
『そうだ。どう思う?』
「どうと聞かれても私は怪奇現象のジャンルには疎いのでなんとも……。この世に自分と似た顔は三人いると言われていますし、顔の造りが似ているだけとか?」

国井は口元を斜めにして笑った。彼がニヒルな笑いをする時は腹に一物あるサインだ。

『社会部の記者がオカルトを鵜呑みにするよりはマシだな。でもな、もしドッペルゲンガーがいるとすればそいつは死んだ人間の幽霊だろうよ』
「あの、国井さん? 話の主旨が読めませんが……」
『ネタが揃ったら教えてやるよ。お前は引き続き、清宮芽依に接触しながらその赤木って男も追えばいい。じゃあな』

煙草を咥えた国井はラウンジに沙耶を置いて出ていった。
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