ブレイクアウト!
#15 ジンのおまじない
パンダの遊具にしがみついて目をギュッと閉じたアムは、しばらくの間、心の中で祈っていた。
(アーメン・ソーメン・チャーシューメン!
フツメン・カタメン・アブラメン!)
「アムどうした? もう遅いから家まで送るぞ。」
「・・・あれ?」
恐る恐る目を開いたが、いつもと変わらない公園だった。
「なんで強制送還されないのじゃ? 」
アムと自分の通学バックを片手に持って肩に引っ掛けたケントが、呆れた顔でこちらを見た。
「なんで強制送還されなきゃならないんだよ。お前は日本に不法滞在でもしてんのか?」
ケントはアムのおかしな言動にすっかり慣れてしまったようで、肩をすくめて先に歩き出した。
「フホーはしていないのじゃ!ちなみにマホーもかけてもらってないからな!!」
「ハイハイ。」
唾を飛ばして喋りながらケントに追いついたアムは、チラチラとケントの顔色をうかがいながら歩いた。
アムの頭の中のCPUは、情報処理に大忙しだ。
(もしかして、ケントはうちをタヌキだと疑っていないのかも?)
前に、狸神さまが言っていたことを思いだす。
ケモ耳がアクセサリーだと思われているうちは、ギリギリセーフだと。
それとも、何かの不具合で狸神さまの千里眼が機能していなかったのかもしれない。
例えば食事中だったとか、それとも・・・。
(あ、分かった! トイレのおっきいほうしてたのかな?)
狸神さまが尻尾を垂直に立てて踏ん張るマーキング姿を想像したアムは、思わず「ププッ」と噴き出して足を止めた。
「置いていくぞ!」
そう声をかけたわりには、さっさとアムを置いていったケントの背を追って、アムは首を傾げながら走り出した。
※
ダンスフェスティバル当日は朝から数十発の号砲が青い空高く打ち上がった。
たなびく青白い煙を見て、スクールバックを背負った子どもたちが「花火だ!」と空を指さしてピョンピョン喜んでいる。
ダンスフェスティバル、通称・ダンフェスは、日本藝術舞踊学園が学園の特色を宣伝するために毎年力を入れているイベントであり、校内のヤンキーたちの番長を決める夏休み前の恒例行事でもある。
とくに番長を決めるステージ発表は学園外の生徒たちにも大人気で、そのチケットは高額転売されることもあるほどだ。
今年はとくに、突如学園に舞い降りたダークホース・アムをめぐって、優勝ダービーの行方が学園のあちこちで議論されていたが、番長争い以外にも生徒たちの関心を引いている話題があった。
「今回は優勝した人がアムを彼女にするらしいよ!」
「アムが優勝したらどうなるの?」
「その場合は二位がアムの彼氏になるんだって!」
※
ケントが登校すると、すぐにクラスにはケントファンクラブの女子・数十名が駆け付けた。
「ケントさん、一生のお願いです! 今日のダンフェスは一・二位はゼッタイにダメ‼
三位になってください‼」
「お前らさ、それって俺にケンカ売ってんだよなァ?」
こめかみにピクピクと青筋を浮かべて紫のヘッドホンをずらしたケントが、苛立ちを隠さずに入り口のドアを蹴りつける。
「俺はテッペンしか目指してねーよ!」
「やーん、ケントさんに怒られた! ワイルドでカッコイイ〜!!」
悪びれもせずに黄色い歓声を上げる女子たちは、キャアキャア騒ぎながらクラスから出ていった。
その流れと入れ替わりでクラスに入って来たユーリが、肩をすくめてケントの隣の席に着いた。
「とうとうこの日が来たな。」
女子たちに向けていた殺気のまま、ケントは壁を打ちつけて赤黒くなった拳をユーリに見せた。
「ああ。去年みたいにはいかねーぜ。」
「それはこっちも同じだ。」
穏やかな口調のユーリの眼鏡の奥が、ギラリと光る。
「今年も、勝つのは俺だよ。」
ジンが後ろから二人の肩を同時に叩いた。
「とくに今回は、アムがかかってるもんね〜。」
「人を物扱いすんな!
そんなヤツにアムは任せらんねーよ‼」
肩に置かれたジンの手首を捻りあげたケント。
ジンは体幹の柔らかさを活かして手首ごと体を反転させてケントの手から逃れると、ニヤリと笑った。
「ウケる。もはや保護者の領域?
ま、ケントとは、マジで勝負してみたかったんだよね~。」
「そのよゆー、ムカつく! ジン、お前だけはぜってー泣かす‼」
ケントが鼻息を荒くする。
「待てよ、お二人さん。俺は相手にしてないってこと?
あんま二人だけで盛り上がってると、アムも優勝も横からかっさらってくよ〜。」
口は笑っているけど目は死んでいるユーリが、露骨に2人を挑発する。
3人がバチバチにプライドの火花を飛ばしていると、校内に全校放送が流れた。
「グッ・モーニン、エブリワン!
ハロー愛すべきヤンキー諸君よ、今からお待ちかねのダンフェスの開場するんで、グラウンドの特設ステージに集合したまえ‼」
DJのご機嫌なハイ&アゲなテンションで放送が終了し、3ワールドたちも私服の衣装を手に各々が教室から出ていく。
全校生徒がグラウンドに組まれた特設ステージにぞろぞろと大移動をする最中、誰も居なくなった1年の教室のカーテンが小きざみに揺れていた。
※
「あんなにたくさんのニンゲンを見たのは初めてじゃ・・・!」
アムはビビっていた。
巨大な特設ステージに群がる大勢の観客を見て、一年の教室の窓にあるカーテンから出られなくなったのだ。
3ワールドと練習していたときはあんなにもダンフェスが楽しみだったのに、いざとなると腰が引ける。
「大丈夫そ?」
青ざめているアムの背後に、いつの間にかジンが近づいていた。
「アム姫がバックステージに来てないから、王子さまが探しに来たげたよん♪」
軽いノリでカーテンをめくってアムを見つけたジン。アムは左右に首を振ってその場に座りこんだ。
「なんかあったの?言ってみ。」
笑顔のジンがアムの横にくっついて座りこんだ。
「ニンゲンが多すぎて、怖いのじゃ!」
「ああ・・・。確かに今年はギャラリーが多いね。アムの配信効果かな?」
「ムリムリのムリムリじゃ!」
「それを言うなら無理よりの無理じゃね? アムは今日もかわちーね♡」
頭を抱えて微動だにしないアムに、ジンがズルイ顔で囁いた。
「俺、大舞台で緊張しないおまじない知ってるよ。」
「そ、そんなのがあるなら教えてほしいのじゃ!
神さま仏さまジンさまァ!!」
アムは藁をもすがる思いでジンを見上げた。
「簡単だよ♪ ジンが大好きですって三回言うの!」
「・・・絶対、ウソじゃ!」
「ウソだと思うなら言ってみ!」
ジンは一点の曇りもない眼で、アムをのぞき込んでいる。
アムは口を尖らせながら、棒読みを始めた。
「ジンガダイスキ。」
「ワンモアプリーズ! もっかい言って。」
「ジンガダイスキ。」
「声が小さいから、もっかい!」
「ジンが大好き!」
「かーいいね♡」
ジンは小鳥がついばむように、アムの頬に軽くキスをした。
「へ?」
一瞬、何が起こったか分からなくてフリーズしたアムを、ジンは軽くハグした。
「今日は俺が優勝するよ。必ずアムを彼女にする!」
だから、アムも全力でバトルしてね♪」
「・・・うん!」
アムもつられて笑顔になる。
おまじないが効いたのか、アムの気持ちはすっかり楽になった。
「ジンが大好きじゃ!」
※
「あれ、ケント。アムを探しに一年の教室に行ったんじゃなかったの?」
特設会場のバックステージ。
ユーリが、なぜかフラフラになって歩いているケントを見つけて声をかけたが、顔面蒼白のケントにその声は届かなかった。
ケントは自分の見てきた光景を処理するのに必死だったのだ。
(言えねー!
アムがジンに告って、キスされてたのを見たなんて、誰にも言えねーよ!)
(アーメン・ソーメン・チャーシューメン!
フツメン・カタメン・アブラメン!)
「アムどうした? もう遅いから家まで送るぞ。」
「・・・あれ?」
恐る恐る目を開いたが、いつもと変わらない公園だった。
「なんで強制送還されないのじゃ? 」
アムと自分の通学バックを片手に持って肩に引っ掛けたケントが、呆れた顔でこちらを見た。
「なんで強制送還されなきゃならないんだよ。お前は日本に不法滞在でもしてんのか?」
ケントはアムのおかしな言動にすっかり慣れてしまったようで、肩をすくめて先に歩き出した。
「フホーはしていないのじゃ!ちなみにマホーもかけてもらってないからな!!」
「ハイハイ。」
唾を飛ばして喋りながらケントに追いついたアムは、チラチラとケントの顔色をうかがいながら歩いた。
アムの頭の中のCPUは、情報処理に大忙しだ。
(もしかして、ケントはうちをタヌキだと疑っていないのかも?)
前に、狸神さまが言っていたことを思いだす。
ケモ耳がアクセサリーだと思われているうちは、ギリギリセーフだと。
それとも、何かの不具合で狸神さまの千里眼が機能していなかったのかもしれない。
例えば食事中だったとか、それとも・・・。
(あ、分かった! トイレのおっきいほうしてたのかな?)
狸神さまが尻尾を垂直に立てて踏ん張るマーキング姿を想像したアムは、思わず「ププッ」と噴き出して足を止めた。
「置いていくぞ!」
そう声をかけたわりには、さっさとアムを置いていったケントの背を追って、アムは首を傾げながら走り出した。
※
ダンスフェスティバル当日は朝から数十発の号砲が青い空高く打ち上がった。
たなびく青白い煙を見て、スクールバックを背負った子どもたちが「花火だ!」と空を指さしてピョンピョン喜んでいる。
ダンスフェスティバル、通称・ダンフェスは、日本藝術舞踊学園が学園の特色を宣伝するために毎年力を入れているイベントであり、校内のヤンキーたちの番長を決める夏休み前の恒例行事でもある。
とくに番長を決めるステージ発表は学園外の生徒たちにも大人気で、そのチケットは高額転売されることもあるほどだ。
今年はとくに、突如学園に舞い降りたダークホース・アムをめぐって、優勝ダービーの行方が学園のあちこちで議論されていたが、番長争い以外にも生徒たちの関心を引いている話題があった。
「今回は優勝した人がアムを彼女にするらしいよ!」
「アムが優勝したらどうなるの?」
「その場合は二位がアムの彼氏になるんだって!」
※
ケントが登校すると、すぐにクラスにはケントファンクラブの女子・数十名が駆け付けた。
「ケントさん、一生のお願いです! 今日のダンフェスは一・二位はゼッタイにダメ‼
三位になってください‼」
「お前らさ、それって俺にケンカ売ってんだよなァ?」
こめかみにピクピクと青筋を浮かべて紫のヘッドホンをずらしたケントが、苛立ちを隠さずに入り口のドアを蹴りつける。
「俺はテッペンしか目指してねーよ!」
「やーん、ケントさんに怒られた! ワイルドでカッコイイ〜!!」
悪びれもせずに黄色い歓声を上げる女子たちは、キャアキャア騒ぎながらクラスから出ていった。
その流れと入れ替わりでクラスに入って来たユーリが、肩をすくめてケントの隣の席に着いた。
「とうとうこの日が来たな。」
女子たちに向けていた殺気のまま、ケントは壁を打ちつけて赤黒くなった拳をユーリに見せた。
「ああ。去年みたいにはいかねーぜ。」
「それはこっちも同じだ。」
穏やかな口調のユーリの眼鏡の奥が、ギラリと光る。
「今年も、勝つのは俺だよ。」
ジンが後ろから二人の肩を同時に叩いた。
「とくに今回は、アムがかかってるもんね〜。」
「人を物扱いすんな!
そんなヤツにアムは任せらんねーよ‼」
肩に置かれたジンの手首を捻りあげたケント。
ジンは体幹の柔らかさを活かして手首ごと体を反転させてケントの手から逃れると、ニヤリと笑った。
「ウケる。もはや保護者の領域?
ま、ケントとは、マジで勝負してみたかったんだよね~。」
「そのよゆー、ムカつく! ジン、お前だけはぜってー泣かす‼」
ケントが鼻息を荒くする。
「待てよ、お二人さん。俺は相手にしてないってこと?
あんま二人だけで盛り上がってると、アムも優勝も横からかっさらってくよ〜。」
口は笑っているけど目は死んでいるユーリが、露骨に2人を挑発する。
3人がバチバチにプライドの火花を飛ばしていると、校内に全校放送が流れた。
「グッ・モーニン、エブリワン!
ハロー愛すべきヤンキー諸君よ、今からお待ちかねのダンフェスの開場するんで、グラウンドの特設ステージに集合したまえ‼」
DJのご機嫌なハイ&アゲなテンションで放送が終了し、3ワールドたちも私服の衣装を手に各々が教室から出ていく。
全校生徒がグラウンドに組まれた特設ステージにぞろぞろと大移動をする最中、誰も居なくなった1年の教室のカーテンが小きざみに揺れていた。
※
「あんなにたくさんのニンゲンを見たのは初めてじゃ・・・!」
アムはビビっていた。
巨大な特設ステージに群がる大勢の観客を見て、一年の教室の窓にあるカーテンから出られなくなったのだ。
3ワールドと練習していたときはあんなにもダンフェスが楽しみだったのに、いざとなると腰が引ける。
「大丈夫そ?」
青ざめているアムの背後に、いつの間にかジンが近づいていた。
「アム姫がバックステージに来てないから、王子さまが探しに来たげたよん♪」
軽いノリでカーテンをめくってアムを見つけたジン。アムは左右に首を振ってその場に座りこんだ。
「なんかあったの?言ってみ。」
笑顔のジンがアムの横にくっついて座りこんだ。
「ニンゲンが多すぎて、怖いのじゃ!」
「ああ・・・。確かに今年はギャラリーが多いね。アムの配信効果かな?」
「ムリムリのムリムリじゃ!」
「それを言うなら無理よりの無理じゃね? アムは今日もかわちーね♡」
頭を抱えて微動だにしないアムに、ジンがズルイ顔で囁いた。
「俺、大舞台で緊張しないおまじない知ってるよ。」
「そ、そんなのがあるなら教えてほしいのじゃ!
神さま仏さまジンさまァ!!」
アムは藁をもすがる思いでジンを見上げた。
「簡単だよ♪ ジンが大好きですって三回言うの!」
「・・・絶対、ウソじゃ!」
「ウソだと思うなら言ってみ!」
ジンは一点の曇りもない眼で、アムをのぞき込んでいる。
アムは口を尖らせながら、棒読みを始めた。
「ジンガダイスキ。」
「ワンモアプリーズ! もっかい言って。」
「ジンガダイスキ。」
「声が小さいから、もっかい!」
「ジンが大好き!」
「かーいいね♡」
ジンは小鳥がついばむように、アムの頬に軽くキスをした。
「へ?」
一瞬、何が起こったか分からなくてフリーズしたアムを、ジンは軽くハグした。
「今日は俺が優勝するよ。必ずアムを彼女にする!」
だから、アムも全力でバトルしてね♪」
「・・・うん!」
アムもつられて笑顔になる。
おまじないが効いたのか、アムの気持ちはすっかり楽になった。
「ジンが大好きじゃ!」
※
「あれ、ケント。アムを探しに一年の教室に行ったんじゃなかったの?」
特設会場のバックステージ。
ユーリが、なぜかフラフラになって歩いているケントを見つけて声をかけたが、顔面蒼白のケントにその声は届かなかった。
ケントは自分の見てきた光景を処理するのに必死だったのだ。
(言えねー!
アムがジンに告って、キスされてたのを見たなんて、誰にも言えねーよ!)