ブレイクアウト!

#19 ブレイクアウト!

「狸神さま教えて! うちは、ニンゲンなの? タヌキなの?」

 狸神は限りなく優しい目で、錯乱しているアムを見つめた。

「死ぬ直前には、『ニンゲンになりたい』と願っていたから叶えたのにね。
 いつの間にか『変身している』という都合のいい記憶に上書きしてしまったんだよね。」
「そう・・・だったっけ。」

 アムは自分の記憶が迷子になっていることに、途方に暮れていた。

「違う種族に転生するとみな、大体そうなる。後悔がタヌキの姿に戻そうとするんだ。
 どっちつかずの存在は、タヌキにもニンゲンにもなれず、生と死の間を彷徨うのさ。」

「うち、オバケになるの?」
 アムはダラリと下ろした前足を出した。

 笑ってくれるかと思ったのに、狸神は真面目な顏でアムに言った。
「それを決めるのは、アムだよ。」
「うちは・・・。」

 いつか公園で会った狸姉さんの言葉が、今さらながら頭に重く響く。
『タヌキはタヌキ同士で恋愛したほうが、幸せになれると思う』

(ちぃくんを探すためにニンゲンになりたいと願ったけど、ニンゲンの生を全うする覚悟がアムには無いんだね。)
 狸神はその場に丸くなって寝転がると、片目を閉じて大きな欠伸をした。

「いいんだよ、どっちつかずでも。そのまま、いつまでもここに居てもいいさ。」
「・・・ホント?」
「うん。好きにしなさい。」

 ※

 アムはたくさん考えた。

 いくつもの夜を寝ないで考えた。

 そして

 アムはその年、狸ノ森を出ることはなかった。

 ※

 雷が落ちて中止になったダンスフェスティバルから三年後の夏。

 その日、一匹の狸は思い切って狸ノ森を飛び出した。

 電車を乗り継いで人ごみに紛れて改札を通り、都会の交差点を抜け、商店街の軒下で雨風をしのいで長距離をどんどん進む。
 その狸はニンゲンの街の交通ルールを網羅していて、ちゃんと青看板を見ながら歩いている。

「あ、犬!」
「あれは犬じゃないわ、アライグマかな?」

 戸惑うニンゲンたちをあざ笑うかのように、狸は取り澄まして横断歩道を渡る。

 狸が何日もかけてたどり着いたのは、ビル群に囲まれた日本藝術舞踊学園の校門の前だった。
 校門の隙間から敷地内に入り込むと、ニンゲンは誰もいなかった。
 今日は祝日で誰も学園にいないことを、狸ははじめから理解していた。

 そのまま慣れた様子でグラウンドまで歩いていくと、明日行われる、毎年恒例のダンスフェスティバルのための特設ステージが用意されていた。そして、そのステージに掲げられた幕には、金髪の生徒の写真とともに大きな文字が書かれている。

【祝・第39期卒業生 世界ダンス大会一位 如月ケント】

「おめでとう、ちぃくん。夢を果たしたね。」

 狸は小さく笑って踵を返そうとした。
 その時、狸の尻尾に大きなニンゲンの影がかかった。

「待って。」

 狸が振り返ると、金髪にグレーの瞳の青年が立っていた。

「タヌぽん・・・! いや、アムだろ?
 いつかダンフェスを見に来るんじゃないかと思って、この時期は毎日待ってたけど、三年も待たすなよ。 」

 懐かしそうな色を瞳ににじませてクシャッと笑うと、金髪の青年はジーンズのポケットから手を出して自分を指さした。

「忘れ物、取りに戻って来たんじゃねーのか?」
「・・・!」

 狸が何か言いたげに口をパクパクさせたが、諦めたように下を向いてうなだれた。
 今さら、何を話せばいいのか分からない。

 金髪の青年は震える声を絞り出した。
「俺、やったよ。
 今年の春、世界大会で優勝したんだ。」

 微動だにしなかった狸が、僅かに動いたように見えた。
 青年が狸に向かって金髪の頭を下げた。
 
「忘れていてゴメン。でも、約束だろ? ダンスで一番になったら、俺が番長になってアムを彼女にするって。
 俺はもう高校を卒業しちゃったから、番長にはなれない。
 だから、アムを彼女にしたいんだ。いいだろ?」

 アムと呼ばれた狸は、初めて顔を上げて金髪の青年と向き合った。
 そして、蚊の鳴くような声でボソリとつぶやく。

「うちは・・・タヌキだよ。」
「タヌキでも、アムじゃん!」

 下を向いていた狸の耳が、ピンと正面を向いた。

「いいの?」
「いいよ! ほら、ここに来い‼」

 狸は丸い目にいっぱいの涙を浮かべて振り返ると、両手を広げて迎えてくれる金髪の青年のもとへ全速力で駆け出した。

「ケントーーー‼」 

 走っている間に、狸の身体は極彩色にまばゆく輝いて、一人の人間の女子に変身した。
飛びついてきたアムを抱きとめると、その勢いのままケントはグラウンドの地面に押し倒された。

「会いたかったぜ、ちきしょー・・・!」
「うちもじゃ・・・。三年も待たせて、ごめんなさい。」

 ケントの肩の辺りのニオイをクンクンと嗅いだアムは、目を輝かせてケントを上から見おろした。

「ケントからオトナのニオイがする!」
「アムは・・・何だか重くなったな。
 太った?」
「ムッキ―! 女子に『太った』は、ニンゲンじゃなくても禁句なのじゃ! 」

 腹の上で地団太を踏むアムに、ケントは苦笑した。
「ハハハ、っとに・・・アムはアムだな!」

 倒れたまま、優しくアムの背中に腕を回してアムの動きを封じたケントは、少し照れながらアムの耳元に囁いた。

「キス・・・してもいい?」
「キスってなに? 魚の⁇」
「こーゆーこと!」

 ケントはアムをゆっくりと抱き寄せて、唇を重ねた。
 目を白黒させたアムは、驚きながらも目を瞑りケントに身を委ねた。

 グラウンドのナイター照明がパッとついて、一つになった二人を明るく照らす。

「好きだ。もう、どこにも行くな。」
 ようやく唇を離したケントが、穏やかな表情でアムを見つめる。

「うんッ! うちもケントが、だーいすきぃーーー‼」

 林檎のように真っ赤な頬になったアムは、パッとその場に立ちあがると、グラウンドに響きわたる大声で元気よく叫んだ。
「ケント、ダンスバトルしよう!」

「は? 今から⁇」
「うちが勝ったら、ケントはうちの言うことを聞くのじゃ!」
「おま・・・ムード台無しな!
てか、言うこと聞けって、何が望みなんだよ⁉」

 アムは特設ステージの中央に立つと、腰に手を当ててケントを勢いよく指さした。

「うちが勝ったら、彼女じゃなくてケントのお嫁さんにしてもらうのじゃ!」

〈終〉
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