兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした



「荷物はこれだけか?」
「とりあえずこれだけあればなんとかなるかと」
「もし必要なものがあるようだったら、また一緒に来てやるよ」

 騎士団寮に行くことが決まり、ニーシャは慌てて荷物をまとめた。犯人が捕まるまでとはいえどのくらいの不在になるかわからない。ニーシャは家の中をくまなく点検して回った。

「この家は長いのか?」
「そうですね、親方に弟子入りするために地元から出てきて以来ずっとここに住んでます。安かったんですよ。店からは近くはないですけど歩いていけない距離じゃないし、そこまで古くないし。設備もちゃんと整っていて私にとっては大切で、くつろげる場所だったんです」

 それが、今は帰って来るのにも怯え、家にいてもくつろげない。そんなニーシャのことを思うと、ノアールは犯人への苛立ちがより一層強くなる。

「早く捕まるようにこの周辺の警戒を強めるように団長に言っておく」
「ありがとうございます」

 ふわっと優しく微笑むニーシャの笑顔を見て、ノアールはなぜか胸の奥が押しつぶされるような感覚になったが、また気づかないふりをした。




「ニーシャさんを、うちの寮に?」

 ニーシャを連れたノアールにことの次第を説明されて、寮母のレティシアは一瞬驚いたがすぐに真剣な顔でニーシャを見る。

「もちろん構いません。安心して家に帰れるようになるまでいくらでもいてくださって構いませんよ!部屋も何個か空いてるので好きな部屋に泊ってください。いいですよね、アスール団長」
「ああ、寮母のレティシアがいいのなら構わない」
「ほらな、うちの寮母は歓迎するって言っただろ」

 レティシアとアスール、そしてノアールの様子に、ニーシャは苦笑した。

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」

 そう言って、ニーシャは深々とお辞儀をした。





「お前が、成り行きとは言え誰かの事情に首をつっこむなんて珍しいな」

 夜遅く、いつものようにノアールが持参した酒を飲みながら団長のアスールは静かにノアールを見る。他人には興味がない、特に女性には全く目もくれないあのノアールが珍しく女性を助け、気にかけている。長年一緒にいるアスールとしては、とても興味深いことだった。

「まあ、状況が状況だからな。実際に目の当りにしたら助けずにはいられないだろ」

 酒の入ったグラスを傾け、琥珀色の透明な液体を光にかざしてノアールは静かにそう言う。

「お前もようやく女性にまた興味を持ち始めたのかと思ったんだけどな」
「やめてくれよ。今回のはそんなんじゃない」

 そう言って、ノアールはグラスの中身を一気に喉へ流し込んだ。

「まだ吹っ切れてないのか」

 アスールの言葉に、ノアールは目を細めてアスールを睨みつける。

「そんなわけないだろ。とっくの昔に吹っ切れてるさ」

 自分が昔好きだった女の妹への長年の片思いを拗らせ、ようやく婚約した目の前の男をうらめしそうに見ると、ノアールは空いたグラスにまた酒を注いだ。

「だったらそろそろいいんじゃないのか。誰かをまた好きになっても」
「好き、ねぇ。そんな気持ちどこかに置いてきたさ。それがどんな気持ちだったかももう覚えちゃいねぇよ」

 ノアールの答えにアスールは静かにため息をついた。ノアールが若い頃に長いこと片思いをしていた女性はレティシアの姉であり、他の騎士団寮の寮母をしている。ノアールが気持ちを伝えることもないまま、ノアールの思い人は他の男と結婚してしまった。
 ノアールは最後の最後まで気持ちを伝えようとはしなかった。月日が流れ過去となった今でも、それは変わらない。

(あのノアールが女性に興味を持って助けるなんてこと、今までなかったことだから、もしかしたらとは思ったんだが)

 どうやら一筋縄ではいかないらしい。きっと、好きという気持ちがどんな気持ちだったかなんて忘れたという言葉に嘘はないのだろう。もしかすると、気づかないふりをしているのかもしれない。

(今回のことで何かしらのきっかけになればいいのだけどな)

 アスールはノアールを見つめながらグラスに口をつけた。
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