Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 意志の疎通ができない母だが、心拍と呼吸はある。うっすら目を開けて眼球を動かしたり(よだれ)をたらしたり欠伸をしたりする。排泄もある。生命維持を担う脳幹の機能が残っているからだそうだ。

 医師からは「低酸素脳症による遷延性(せんえんせい)意識障害、回復の見込みなし」と診断された。いわゆる『植物状態』のことだ。

 無表情で反応を示さない母に、想乃はいつも取り止めのない話をする。転校をした弟の郷のこと。意外にも料理の才能があるらしく、自分が作るカレーより郷が作ったほうが美味しいと感じたこと。コンビニバイトのこと。仕事内容にもそろそろ慣れてきて時々楽しいと感じること。

 母は声を出して笑ったり驚いたりできないだけで、きっと自分の声は届いている。想乃はそう信じていた。未だに意識は戻っていないと診断を受けているが、実際には母の意識は水面下で活動を続けていて、他者には認められていないだけ。きっとそうに違いない。

「お母さん、また目が汚れてる。拭わせてね」

 母のうつろな目に黄色い目やにが付いていた。想乃は持参したハンカチで母の顔を拭い、綺麗にする。

「もうこんな時間か」

 母のベッド傍に置いた時計を見つめてひとりごちる。

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