甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

5-12 聖女と竹編のお弁当

 
 ロズと一緒に外に出ると朝の清々しい空気が頬をなでていくお出かけ日和だった。
 若葉が風にゆられ、日差しをきらきらと反射させる。小鳥のさえずりが聞こえる青空の下をロズと手をつないで村をゆっくり歩いていく。

「ロズ、気持ちいいね!」

 ロズがふわりと花がほころんだように笑うと、私もしあわせな気持ちになって口元が緩んでしまう。

「カレン様、このあたりで朝食にしましょうか」
「うんっ! お腹空いちゃった」

 昨日の田植えをした田んぼが見える丘に到着すると、ロズは吹き流しのマジックバックの中から取り出した敷物を敷いてくれたので、二人で腰をおろす。
 とろりとした飴色の竹編のお弁当を広げた手のひらに置いてくれる。

「ロズ、ロズ! あけてもいい?」

 お弁当はふたをひらくとこが一番わくわくするよねと笑顔になってしまうのを抑えきれないまま、ロズに顔を向けた。
 やわらかに笑うロズにうながされ、うきうきとお弁当のふたをひらくと、つやつやのおにぎりが入っていた。

「わあ……っ! 美味しそうだね!」
「カレン様、どうぞ」
「いただきます!」

 食べたくてうずうずして笑顔で見つめると、くすりと艶やかに笑みを浮かべたロズにもう一度うながされる。
 ふっくら美味しそうなおにぎりをぱくりとひと口ほおばった。

「……っ!」

 美味しいどころじゃないくらいに美味しくて、言葉にならない声をこぼしてしまう。
 感動したまま梅干しおにぎりをぺろりと食べ終えた。

「カレン様、こちらのおむすびは、この村で()()()()()()の新米なんですよ」
「ふえっ?」

 新米の季節じゃないのに不思議に思って、目の前に見える田園風景に視線をうつす。
 そこには、やっぱりというか当然というか、昨日みんなで植えたばかりの苗が並んでいてロズの言葉に戸惑ってしまう。

「ロ、ロズ……? この村の新米ってどういうこと……?」

 戸惑いを隠せずにいる私に、ロズはにっこり笑みを深めて説明をしてくれた。

「魔力がたっぷりこもった苗を植えたノワルお兄様とカレン様が仲睦まじくして帰られたあと、苗から田んぼ全体にカレン様の魔力が満ちあふれまして村の者たちと稲の収穫を行いました」
「ふえっ?」
「つまり、今、植えてある苗はカレン様が植えたものとは違う苗だということです」
「ひゃあ! えっと、そ、その、つ、つまり……村の人たちにノワルといちゃいちゃしてるところ、見られてたってことなの?」
「そうですね――そこは、今さらですけど」

 私が動揺してロズを見つめれば、当たり前のようにうなずかれてしまい、恥ずかしさで両手で顔を覆った。
 うう、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。キスしてお姫さま抱っこで帰っていくところを見られていたなんて、鯉のぼりになって泳いでいって雲の中に隠れてしまいたいくらい恥ずかしい……。

「カレン様」

 恥ずかしくて顔を上げれないでいると、ふわりと抱き寄せられる。
 春の芽吹きみたいにやわらかな声で呼ばれ、おずおずとロズに顔を向ければ、ふわふわの赤髪は光に照らされて透きとおるように輝いていて、思わずぽおっと見とれてしまった。
 だから、ロズの唇が美しくに弧を描いていくのに気づかなかった。

「昨日は稲の収穫と二度の田植えで魔力を大量に使ってしまいまして、魔力の補給をお願いしたいのですが――よろしいでしょうか?」
「えっ、あっ、う、うん。昨日、大変だったのに先に寝ちゃってごめんね」
「ありがとうございます」

 ロズは嬉しそうにはにかんだ笑みを見せた。

「さっそくですが、ノワルお兄様とした魔力を一度にたくさんもらうキスと彷徨いの森で途中になってしまった興奮するキス――どちらがよろしいですか?」
「ふえっ?」

 ロズのおでこがこつんと私のおでこにあたる。
 近すぎる距離に心臓がどきどきして、顔に熱が集まる。
 ノワルとした昨日のキスを外でするなんて恥ずかしいけれど、彷徨いの森のキスのつづきも同じくらい恥ずかしそうで。
 なにか言わなくちゃと思うのに、動揺している私の口はえさを欲しがる鯉みたいにぱくぱくと意味なく動くだけだった。

「あんまり焦らすなら、両方にしましょうか?」」
「ひゃあ! まっ、まま、まって、焦らしてないから! え、えっ、えらぶから……っ!」

 ロズはいじわるな笑みを浮かべて、ひっついているおでこをぐりぐり優しく押しつける。
 抱きしめられた腕からロズのぬくもりと少し早いロズの心臓の音が伝わってきた。
 ロズもどきどきしているのかもと思ったら胸の奥がとくんとせつなくうずいていく。

「じゃ、じゃあ、ロズは魔力不足だから、魔力をたくさん渡せる方にしてもいいかな?」

 小さく深呼吸をした後、ロズに消えそうな小さな声で選んだ方を伝える。

「はい、もちろん――ですが、ノワルお兄様とした方法がわからないので、カレン様からお願いします」
「…………ふえっ?」

 ロズの口元が見とれるくらいきれいな弧を描いて、ゆっくり目をつむってしまった。

「ロ、ロズ……?」

 震える声でロズの名前を呼べば、ゆっくりまぶたをひらいて熱っぽい瞳で見つめてられて。
 私からキスをすることになって、暴れ風に揺さぶられる鯉のぼりみたいに頭の中がぐちゃぐちゃになっているけれど、ロズの匂いやせつなくゆらめく瞳に思わず指先でそっとロズの頬をなぞった。

「好き……」

 胸にときめきが積もっていき、ロズに触れたくなって指先だけじゃ足りなくて手のひらを頬に当てて、ちゅっと音を立てて口付けた。
 もう一度、ふわりと唇を合わせる。ちゅっと小さな甘い音をつむいでみたけれど、ここから先はどうしたらいいのかわからなくて固まってしまう。

「……カレン様は、仕方ないですね」
「――っ!」

 わずかに離れた唇からロズの艶やかな声が聞こえると、またすぐに重なり合った。ぬるりと柔らかいものに触れると、それがなにかすぐにわかった。
 熱い口づけに溶け合うと、唇の隙間から甘えるみたいな甘い吐息がもれていき、くたりと力が抜けていく。ロズのことが愛おしくて胸がとくとくと甘い音を立てていき、ずっと触れていたくなってしまう。

 時間も忘れてロズと甘いキスをしていると、まぶたの裏がちかちかするくらいまぶしい光を感じて、薄くまぶたをひらいた。

「…………へっ?」

 そこには、先ほどまでなかった柏の木がきらきらしたピンク色の光をまとって立っていた――。
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