甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

7-9 聖女と尻尾


 村の門に薬玉(くすだま)を飾る。どこからか清廉な風が吹きはじめ、薬玉の下に垂れる四色の糸を揺らしていく。

「村に結界が張れました。これでモグーラが温泉を駄目にすることはないでしょう」

 まわりの空気が澄み、さらにロズの言葉を聞いて安心する。薬玉を作り終えたあとに入った温泉は、やっぱり心地よくて最高だった。

「よかった。温泉が無くならないの嬉しいな」
「ええ、カレン様の願いを叶えることができてよかったです──村の者たちも喜んでいますね」

 薬玉(くすだま)の説明を聞いて喜ぶ村の人たちに頬が緩む。空気が澄む感覚が嬉しくて、ロズに大きくうなずく。

「聖女様! もう出発されるのですか?」

 ノワルから出発することを聞いたコンキチさんが、パタパタと尻尾と三角耳を揺らして駆けてきた。

「うん、最後に温泉も入れたし、今から出発するつもりだよ」

 びっくりするコンキチさんの尻尾がぶわっと広がる。表情も豊かなんだけど、尻尾や耳の動きで感情がわかりやすくて、にこにこしてしまう。

「そうなんですね……。もっと聖女様に温泉に入ってもらったり、案内したかったです……」
「ありがとう、コンキチさん! とっても素敵な温泉だったから、すぐにまた沢山の人が訪れるようになるよ」
「はい……っ、すべて聖女様と聖獣様のおかげです。なんにもお礼ができてない──っ!」

 しゅんと尻尾が下がった後に、なにかひらめいたようにピンっと耳と尻尾が立つ。ぐっと近づいてきたコンキチさんが内緒話をするように声をひそめた。

「あ、あの、聖女様……」

 決意したような表情に思わずこくりと喉を鳴らす。

「もしよかったら、耳と尻尾を触りませんか……?」
「…………へ?」

 ノワルから獣人の耳や尻尾に触らないかと誘うのは、交わりを誘う意味になると聞いていたので、びっくりして固まった。

「あああ、いっ、いえ、もちろん交わりに誘う意味ではなくてですね……あわわわ」

 コンキチさんの顔が真っ赤に染まったので、私も釣られて顔に熱が集まる。

「えっと、あの、ずっと耳や尻尾を見ていたので……その、ただ触ってみたいのかなと思っていたんです。ち、ちがいましたか?」
「ひゃ、いや、あの、……じろじろ見てごめんなさい!!」

 顔が痛いくらいに熱くなっていく。さり気なく見ていたつもりだったのに、バレバレだったことも恥ずかしくて泣きたい。


「毎日温泉に浸かるので、耳も尻尾も、もふもふでふわふわでつやつやです。聖女様に喜んでもらえることなんて、これくらいしか思いつかなくて……。最後にどうぞ好きなように触ってください……っ!」

 ぴょこぴょこ動く三角耳、ふさふさ動く尻尾が誘惑する。魅力的な提案に頭がくらくらするけれど、首を横に振った。

「耳も尻尾も私のいた世界にはなくて、初めて見るから気になって見ちゃって、ごめんなさい」
「いいんです! 聖女様に興味を持っていただけるなんて光栄ですから! さあさあ、いくらでもどうぞ?」

 触りやすいように尻尾を横に突き出すコンキチさんをまっすぐに見つめる。

「気持ちだけ受け取るね、ありがとう──でも、ごめん。コンキチくんの耳も尻尾も触らない。私はノワルとロズとラピスが大好きだから、三人が嫌がることは、絶対にしたくないんだ! もふもふならラピスがいいし、ふわふわならロズがいい、つやつやならノワルがいい……!」

 口にすれば、今までどうして耳や尻尾に惹かれていたのか不思議なくらい心にすとん、と落ちてきた。後ろに下がっていたロズに振り向くと、口角が弧を描いている。
 
「カレン様、浮気しなくてよかったのですか?」
「うう、ロズの意地悪……」
「嘘ですよ。カレン様が断ってくれて嬉しかったです──ご褒美ほしい?」

 するりと頬を撫でられて、赤い瞳に見つめられた。こくんと頷けば、くすりと意地悪に笑う。

「ご褒美は、なにが欲しいか教えて?」
「ロズ、うう、もう、やっぱりいじわる……」
「嫌いになる?」
「……ロズのばか。大好き」
「カレン様は仕方ないですね」
「うん……」

 唇が落ちてきて、ちゅっと甘い音を立てた。すぐに離れていく温度が寂しくて、ロズの洋服の裾をきゅっと掴む。ねだるように見つめれば、ロズに甘く見つめられていて。

「カレン様は仕方ないですね」
「うん……」

 もう一度、唇を重ねる。目の前のロズのことしか考えられなくて、熱い口づけに気持ちがとろりと溶けていった。




「花恋様、そろそろ行こうか?」
「…………ひゃ!」

 ノワルの言葉で、みんなの前だったことを思い出して、心臓がぴょんと跳ねる。

「花恋様、おいで」

 恥ずかしくて鯉のぼりになって飛んで行きたい私は、ノワルの広げた腕の中に飛び込む。逞しい胸に真っ赤な顔を隠すと、頭をぽんぽん撫でられた。

「では、私達はこれで失礼するね」

 ノワルに抱き上げられて、黒い瞳と視線が絡む。優しく微笑まれて、村のみんなにそっと視線を向けると、みんなの笑顔があった。

「温泉、気持ちよかったです。ありがとうございます!」
「聖女様、ありがとうございました」

 コンキチさんに視線を移すと、にこにこ笑って手を振っていて、怒ってなくてよかったと安堵の息をつく。私も笑顔で手を振ると、ぶんぶん両手を振り返してくれて笑ってしまった。

「花恋様、それじゃあ行こうか?」
「うん……っ!」


 私達は、温泉地を後にした。
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