甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

9-9 聖女と第二の滝


 元気いっぱいのラピスの声が聞こえて、ノワルにいってらっしゃいのキスを送る。まぶたのない鯉は瞬きしない。艶やかな黒い瞳を見つめながら、ちゅうとキスをした。

「ノワル、いってらっしゃい。よろしくお願いします」
「うん、ありがとう。花恋様はラピスを癒してあげてね」
「うんっ!」

 ぷるん、と結界が揺れてノワルが激流に飛び出していく。ノワルの後ろ尾を目で追うけれど、気泡だらけの結界の外では、あっという間に見えなくなった。

「かれんさまー! がんばったなのー!」

 次に勢いよくラピスが結界に入ってきて、驚いて鯉の尾がぴょんっと跳ねる。
 ラピスのひらひら動く胸ビレでぎゅううっと抱きしめられて、胸がきゅんと弾けた。ラピスは大きな鯉になっても、人懐こい、いや、この場合は鯉懐こいになるのかなあと思う。とにかくかわいいラピスを私もひらひらの胸ビレで抱きしめ返す。

「ラピス、ありがとう! あっという間に第一の滝を昇っちゃってびっくりしちゃったよ。ラピスはすごいね」
「えっへんー! すごいなのー!」
「うん、すごいね!」

 得意そうに胸ビレを動かして上を向くラピスがかわいくて堪らない。胸ビレで労わるようにラピスを撫でると、青い尾が嬉しそうに揺れた。

「かれんさまーごほうびほしいなのー」
「うん! なにがいい?」

 にこにこ笑いながら話しかけられて、つられて笑顔で答える。

「かれん様、ちゃんとラピスのこと見てほしいなの」
「えっ」
「かれん様のほうが小さいなのよ?」

 ラピスの顔が近づいて、私の口より大きな口に捕まる。ちゅう、ちゅう、と離れては吸いつくキスが繰り返されていく。今まで過ごしてきた幼い男の子だったラピスの印象のまま話してしまうけど。大人で天使で格好いい姿も見ているし、鯉の姿のラピスは私よりも大きくて、意識した途端に駄目になってしまう。

「んっ……あっ……」

 自然と甘い吐息が漏れた。今までラピスにときめいていたものとは違う。一人の男性として見ていることを認めるしかない。大きな青鯉から、逃さないというようにキスを繰り返され、胸ビレで撫でられると身体が甘やかに痺れて尾ヒレが跳ねた。

「かれん様ーかーわいいー」
「ひゃあ……っ」

 色っぽいラピスに思わず変な声がこぼれる。胸がどきどき高鳴って、どうしようもない。二匹しかいない結界の中は甘い空気が流れていてラピスの視線も熱を持つ。
 大人っぽくてドキドキするラピスの視線から逃げるように、ラピスの身体にそっと頭を寄せる。それなのに、まぶたのない鯉の瞳に映るのは宝石みたいに煌めく青色の鱗。
 
「……綺麗」
「かれん様、こっちむいてほしいなの」
「うん」

 鱗よりずっと綺麗なラピスの瞳と向き合う。窺うような表情を見て、ラピスを不安にさせていることにようやく気付く。小さく息を吐くと、細かな空気の泡が水中をのぼった。

「……あのね、私、ラピスが好き。ちゃんと男性として好きだよ」
「かれん様、大好きなの」

 破顔して笑うラピスに口を寄せる。ちゅう、と大きな音が鳴って、二匹で見つめあう。ラピスから甘い音のするキスをもらい、私も贈る。二匹で甘やかな世界を創り出していく。



『カレン様、ラピス、第二の滝を昇り終わりました。交代の時間ですよ』

 一際甘い音を弾けさせたあとに聞こえてきたのは、ロズの第二の滝を登り終えた報告だった。
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