甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする
甘やかを泳ぐ

10-1 聖女と登龍門


 眩しさが収まり、まぶたをあけると真っ白な空間に一人で立っていた。登龍門はくぐったはずだけど、ここは日本ではない。滝はもう見えず、私の姿も鯉ではなくなり、元の姿に戻っている。真っ白な空間をぐるりと見回しても、どこまでも真っ白な景色が続いていて三人の姿は見えない。どうなっているのだろう?

『ノワル、ロズ、ラピス……どこにいるの?』

 姿が見えなくてもテレパシーなら聞こえると思って呼びかけてみる。何度も何度も繰り返し呼びかけてみても反応がない。

『みんなーー、どこにいるの? 返事してよ……?』

 返事のないのが続くと、どうして? なんで? が心の中で渦巻き焦っていく。テレパシーは離れていても繋がるはずなのに。三人になにかあったのかもしれないと思って不安で走り出す。どこに向かって走ればいいのか分からないけど、ただじっとしていることもできない。どこに走っても、どちらに走っても景色の変わらない真っ白な場所はひたすら不安を駆り立ててくる。息を切らして立ち止まった場所が、最初の場所なのか違うかすらもわからない。

「ノワル……っ! ロズ! ラピス……!」

 三人の名前を大声で呼ぶと、真っ白な空間に反響していく。私の声が消えて、私の乱れた呼吸音しかしない空間は私しかいないみたいでゾッとした。このまま三人に会えないままだったら、このままずっと真っ白な世界で一人だったらと想像して、あまりの恐怖に自分で自分を抱きしめた。

 ほんの数分だったかもしれないし、数時間が経過したかもしれない。


『花恋さん、聞こえますか?』


 鈴の音を転がしたような声が頭の中に直接響いた。


「っ、は、はい! 聞こえます!」

 真っ白な世界で一人きりだったから、突然聞こえてきた声に縋るように答える。


『わたくしは、登龍門を護るもの。三人の願いを叶えるべきかどうか迷って、花恋さんだけここに呼びました』
「……あの、それはどういうことでしょうか?」
『三人と違い、花恋さんは登龍門を昇ったといっていいのかと悩んでしまって』
「っ、……」

 顔が羞恥で熱くなる。図星すぎて何も反論ができない。

「……ごめんなさい。私は三人に連れてきてもらっただけです……私だけで登龍門を昇るなんてできません」
『素直なのね。ここで言い訳したら願いを突っぱねようと思ってたんだけど──ねえ、どうして戻りたいの?』

 頭の中に響く鈴の音のような声が反芻される。

「三人は、たっくんの鯉のぼりです。たっくんに鯉のぼりを返すって決めているから戻りたいと思っています」
『ねえ、それは本心なのかしら? 持ち主に返すってことは三人と離ればなれになってしまうってことでしょう?』
「っ、そ、それは……」

 涼やかな言葉がひたひたと頭の中に染みていく。これから起こる未来を告げる声に思わず目をつむった。

『ねえ、願いを変えるのはどうかしら?』
「えっ?」

 思いもよらない言葉に目をひらいた。願いを変えるってどういうことだろう。

『同じ鯉のぼりをたっくんに贈るという願いにするのはいかが。そうすれば、たっくんは鯉のぼりを手にできるし、花恋さんはこの世界に残って三人と一緒にいられる──素敵だと思わない?』

 頭の中に響く声は、鈴のように軽やかに言葉をつむぐ。たっくんの鯉のぼりを返さなくてもいいと告げる囁きは、どこまでも魅力的でひどく甘い。

「たっくんの鯉のぼりを返さなくても、返せる……?」

 私のつぶやきは真っ白な空間で静かに広がって消えていく。頭の中で鈴の音のような声が笑ったように聞こえた。
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