オレノペット
霧散
.






「ちゃんと寝なよ」


シリシさんに見送られて、部屋に戻ったのは9時過ぎ。


……決意が鈍らないうちに、杉崎 さんにメッセージを送ろう。


スマホを取りだした瞬間、ドキンと鼓動が跳ねて手が震えだした。


す、杉崎 さんから…メッセージが来てる……


時間を見たら、2時間程前。


『ごめん、時間中々作れなくて。絶対作るから』


急いで震える指でタップした。


『お忙しいのにすみません。
お手すきの時で』


そこまで打った所で


“お前は相手の顔色を伺いすぎる”


不意にシリシさんの言葉が過ぎり、指が止まる。

………よし。


文章を削除して、メッセージを打ち直した。


『杉崎 さんに、会いたいです。』


お、送ろう……。


送信ボタンをタップする指が更に震える。

はあ、と息を深く吐き出して、から、唇を噛みしめて送信をタップした。


…大丈夫。

返信が無くても、なんて思われても…“笑えるさ”


スマホをローテーブルに置いて立ち上がろうとした瞬間。

それが震え出した。


鼓動が更に大きく強く跳ね上がり、そのまま全身を駆け巡る。


期待…しない。
きっと、別の誰か……


自分に言い聞かせながら、スマホを持ち上げて画面を見る


“着信:杉崎 さん”


心音の速さと音はそこでピークに達した。


指を震えさせながら、タップして耳にスマホを持って行く。


『もしもし?沙奈?』


声を聞いただけで、緊張は全て溶け出して、その場へヘナヘナと座り込んだ。


『…もしもし?』


返事をしなきゃ…わかってるのに、声にならない。


……だって。
杉崎 さんの……声が、聞こえる。

頬が緩んでポタンと涙がそこを伝った。


『……沙奈?』

「す、すみませ…こんばんは…」


『うん』と短い返事は優しい、柔らかい声。
瞼を閉じると、まるでそこに杉崎 さんが居るみたいな錯覚を覚える。


会いたい……


杉崎 さんが私をどう思っていて、どんな事情があろうとも…ただ、会いたい…。


『…実はさ。今、あなたのアパートがあるらしい豪邸の前に来てんだけどね?』


え……?


思わず窓へ目を向け立ち上がる。
開けて覗いてみたけれど、高い塀に阻まれて門の外は見えなかった。


あんなに晴れていた空はいつの間にか雨模様に変わったらしい。サアアア……と雨の音がスマホの向こうからも聞こえる。


踵を返して、その音をスマホから聞きながら、部屋を飛び出した。


『あ~…っとさ。もし、会えんなら…出て…』


正門の横の鉄扉のセキュリティーキーを外して開けるとそこには


「………出て来た。」


白いビニール袋を片手にぶら下げて寒そうに身体を丸めてビニール傘を差して立っている杉崎 さんの姿。


スタスタと私の前まで来ると「ダメじゃない。傘さしてこないと」と傘に入れてくれる。


「どうして…ここが…」

「ああ、お節介な弁当屋がレシートの裏に住所書いてくれた。」


フッと脳裏を過ぎった皆山 さんの笑顔。


眉を少し下げて苦笑いをした杉崎 さんの指が私の横髪を水滴ごと掬い取り、それを追いかける親指が頬を滑った。


「…泣いた?目が赤いね」


ヒンヤリとしているその指先が、自分の頬の温度に溶けていく。


メッセージを送ってくれたのは2時間も前。


「杉崎 さん…いつからここに居たんですか?」

「あー…どうだろ。」


スンと啜った鼻先が赤いって暗がりでも分かる。

身体の芯から凍らせる様な冷たい雨に、二人の息が白く浮き出て消えて行く。


「…とにかく入ってください。あの…暖まらないと…」


部屋へ招こうとする私の右腕を杉崎 さんが捕らえた。


「いいの?入れたら最後、俺何するかわかんないよ?」


どことなく儚く思える琥珀色の瞳が暗がりで煌めく。

互いの吐く息の白さがそれを少しぼやかした。


「…構いません。自分の身は自分で守れます。」


一瞬目を見開いた杉崎 さんは、その頬をふっと緩める。


「……強くなったね。沙奈。」


三日月を描くその口元に、少しだけ寂しさが浮かんだ気がした。




.






部屋に戻ると、急いでバスタオルを杉崎 さんに渡して、それからヒーターを付けて、座らせた杉崎 さんの前に置いた。


「すみません。あまり暖を取れる物が無くて…こたつを買おうかなって思ってるんですけど、まだ…」


温かい紅茶をマグカップに入れて、ローテーブルに置いてから、自分もバスタオルを頭から被って、杉崎 さんから少し離れた位置に座る。


それに杉崎 さんが苦笑い。


「守ってる。」

「べ、別にそういうわけじゃ…」

「じゃあ、もっとこっち来れば?そこじゃヒーターあたんないじゃん。俺一人であたってんの何か気が引けるんですけど。」


そう…言われてしまうと、な…。
でも、杉崎 さんかなり冷えてそうだから、ヒーターの前に居て欲しいし…仕方ない。


隣に移動するため、膝立ちのまま近づいた。
途端、腕を引っ張られて抱き寄せられる。


「す、杉崎 さ……」

「話は聞く。聞くからさ…」


ギュウッと抱きしめて離さない腕。久しぶりのその感触と温かさに、気持ちがギュッと掴まれ、苦しさを覚えた。

…けれど。


近づいて、抱き寄せられて分かった。

杉崎 さん…身体が熱い。


「……ハアハア。」


息も…さっきは気がつかなかったけど、荒い。


「あ、あの…杉崎 さん?」


少し強引に胸元を押して、おでこに手をつけた。


「っ!」


瞬間的に驚くほど掌に伝わる熱さ。


「す、杉崎 さん…絶対熱ありますよ、これ…。」

「…へーき。」

「へ、平気なわけ…「平気だって」


私の言葉を遮りそのまままた、その腕に私を固く閉じ込める。


「…話、聞くから。」


荒々しい息と熱い身体が全身に伝わってきて、それでもそういう杉崎 さんに、気持ちが込み上げ泣きたくなった。


話したい。
今すぐ、『好きです!』って抱きしめたい。

でも…こんな状態になっている杉崎 さんに無理矢理話す事じゃない。


「…帰りましょう。タクシー呼びます。私、送りますから。」

「……。」

「杉崎 さん…ってわっ!」


急に重たくなって、杉崎 さんが覆い被さる状態で二人して床にひっくり返った。


「……。」


荒い息がただ耳元で繰り返し、その身体はそのままほぼ脱力状態。



……もしかして、寝ちゃった?







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