オレノペット


◇




……くすぐったい。


顔に柔らかい感触が何度も、何度も…当たってる。


鼻先、ほっぺた…瞼。



チュッと音がして…もしかしてと瞼を押し開けた。

途端にまた、そこに薄めの唇がくっついて、反射的にギュッと閉じる。


「す、杉崎さん…」

「んー?」


おでこをコツンと合わせて、くふふってご機嫌良く笑う杉崎さん。


……おでこの感触が昨日より熱くない気がする。


「熱下がって…「多分まだ、すっげー高いと思う。」


…何故、被せて早口で否定。


おでこがくっついているから、顔をあまり動かせなくて、目線だけ少しあげる。


「何か…食べますか?」

「もう少ししたらね。」

「飲みものは…」

「それも後でいいです。」


腰に置かれてる杉崎さんの腕が少し私を引き寄せた。


「…風邪、移るかなーって思ったけど、こうやってくっついてたら同じたよね。」


この至近距離で、私が瞬きしたのが見えたのかは定かじゃ無い。
杉崎さんは、意味ありげにキュッと唇の両端を上げて笑って。それから、顔が更に近づいてきた。


…………けど。


「……。」

「……。」



私の指先が、唇と唇の間に割り込み、キスを阻止。


「えっと…」


ど、どうしよう…。

リリイさんと杉崎さんのキスシーンが過って、反射的にキスを拒んでしまった。


「あ、あの…え、えへへ…」


ごまかせるワケもないのに、得意でもない愛想笑いをして見せる。
そんな私の手を握り、どかした杉崎さんは、明らかに不服顔で、目を細めた。


「…何?もしかして、俺が熱出したから、同情して添い寝したの?」

「ち、違います!」

「じゃあ、何だよ。」

「そ、それは…」


これは、きちんと言うべき?
でも…どう言って、どう聞けば…


戸惑い、躊躇する私に痺れを切らしたのか、杉崎さんがフウと溜め息をついた。


「……沙奈。」

「は、はい…」

「好き。」


放たれた言葉が引き金になって、全身に電気が走ったように痺れが起きる。
思わず息を飲み、そのまま瞬きも忘れて時が止まった。


けれど、それは私だけ。


杉崎さんの顔が再び近づいて来て、ふわりと唇が重なり合う。


「……隙あり。」


まるでイタズラを成功させたかの様な得意気な笑みに、再び鼓動が早く動き出した。



…初めて聞いた、杉崎さんの気持ち。


“好き”って言葉。


キスを拒んだ事も、リリイさんの事も何も…一瞬にして頭からなくなって、真っ白になって……


『隙あり』


柔らかいその感触は、やっぱり甘くて優しくて。

勝手に“嬉しい”って目頭が熱くなる。


少し俯いてスンと鼻を鳴らしたら、また抱き寄せられて、元の抱き枕の状態に戻った。


「…沙奈、今日仕事は?」

「行きます。杉崎さんは…」

「俺、今日休み。土日働いてたから。」


そっか……じゃあ今日はゆっくり休めるって事だよね。


「沙奈も休みにしなよ。」

「そ、それは…」

「無理?」

「……………無理です。」

「無理じゃなさそう。今、考えた。」

「か、考えてません!」


クッとくぐもった笑い声がおでこの上の方から降ってくる。


「…杉崎さん、動ける様ならおうちに帰っ…「動けない。」


…また、被せ気味に否定。


「ちゃんとお風呂に入ってさっぱりしてゆっくり寝た方が…」

「んじゃ、ここでそうする。沙奈、風呂行こ。」

「…シャワーしかありません、ここは。しかも共同です。」

「……。」

「ちゃんと部屋着に着替えて慣れたお布団の方がよく眠れますよ?
私、おうちまで送ります。」


背中を少しさすったら、フウと溜息がふってきた。


「…玄関先でバイバイでどーすんのよ。それ、何の意味もないんじゃん。」


少しモソモソと動いた杉崎さんの顔が首筋に埋まって、頬にふわっと髪先が触れた。


「沙奈が言ったんでしょ?“持ってけ泥棒”って」

「や…そ、それは…忘れて頂けると…」

「ヤダ。」


くふふと相変わらずご機嫌の声に、未練が生まれないわけはない。


「『いくらでもあげる』つった。」

「……。」

「嘘なんだ。」

「う、嘘じゃない…です。」

「んじゃ、もっかい言ってみ?」


杉崎さんが更にもそもそと動いてクルンと体勢を変え、私を上から見下ろす。
トロンとした目の奥で、琥珀色の綺麗な瞳が煌めいて余計にその微笑みを柔らかく見せた。


「……っ」


目線を捕らえられたまま、思わず息を飲む。


「…言って?」


私の気持ちを見透かしたように、杉崎さんの微笑みに妖艶さが増す。
おでこをコツンとつけて、互いの吐息が混ざり合う距離で薄めの唇が囁いた。


「………沙奈、早く。」


柔らかく甘い唇の感触がすぐ側にあるのに届かないもどかしさ。
それに大きく早く打つ鼓動が混ざり、息苦しく感じる。


「す、杉崎さんが望むなら…い、いくらでも…あげます。」

「…何を?」

「………っわ、私…を…」


言い切った瞬間、唇がフワリと重なった。


一度は拒んだはずのキス。


けれど心地良さに抗うのは無理で。
何度も啄む様に降ってくるそれにあっさりと白旗を振り身を委ねる。


「…沙奈、やっぱ仕事休みね。」

「そ、それは…んんっ」


優しく、柔らかく…丁寧に重なりゆくキス。
それが、ただただ嬉しかった。


リリイさんと杉崎さんのキスシーンが頭を過ぎらなかったわけではないけど。


雨の中を私に会おうって待っていてくれて、熱を出しても尚、私と居たいって言って…“好き”って言ってくれた。
今だって、こうして『一緒に居たい』って示してくれて…


気持ちが揺らぐ。


……聞くべきなのかな、リリイさんと杉崎さんの関係について。
それは…杉崎さんを信じていないと言う事にならないのかな。


暫くキスを繰り返した後、再び杉崎さんがコツンとおでこ同士をくっつけた。


「…沙奈さ。リリイの事覚えてる?」


まさに今、戸惑いの渦中にある名前が出て来て、ドキリと心が音を立てる。


「は…い…」

「…そっか。
実はさ。俺、リリイと一緒にニューヨークに行くことになってさ…」


………え?


少し顔を離して杉崎さんを見た私に、杉崎さんは少し困った様に眉を下げる。


「や…まあ、出張だからすぐに帰ってはくるけどね。多分。」

「出張…」

「うん。期間はよくわかんない。でも、ニューヨークに行く前に沙奈とどうしても話したいなーってね。」


杉崎さんの話しぶり…。
リリイさんの事に何の後ろめたさもない感じがする。

どういう…事だろう?


「…悪かったね。熱なんて出しちゃって。」

「そ、そんなのは…」

「へーき?」


戸惑っている私とは裏腹に、杉崎さんは鼻先を機嫌良くスリスリ。


「まあ…俺にとっちゃ“怪我の功名”この上ないけどね。」


そのまままた唇を重ねようと……したけど。



だ、ダメだ…やっぱり無理!


またもや、私の指先がそれを拒んだ。





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