オレノペット


◇




「あ、あの…出張…」

「行きましたよ?ちゃーんと全部成すべき事をこなして来ました。」


“成すべき事”…


言葉に少しひっかかりを覚えたけれど、優しい声色と温もりが私を包み、不安は微塵も無い。



ずっと…こうやって杉崎さんは私を守ってくれていたんだよね。


言葉ではなくて、全て態度で表してくれていた。


『守るよ』って。



「出張、もっとかかるのかと…。」

「…何、帰って来て欲しくなかったの?」



少し強く抱き寄せられた。


「…沙奈が言ったんでしょ?『早く帰ってこい』って。」


言った…言ったよ?
ずっと…杉崎さんが発った日から『会いたい』って思ってた。


今度は私がギュウッとしがみつく様に杉崎さんを抱き寄せる。


「お、お帰り…なさい…」

「…辿々しい。」

「だって…」


 “サンタクロースが会いに来た”


本当ですね、駈さん。
ちゃんと、一番欲しいものを届けてくれた。


少し杉崎さんが身体を離し、部屋の中を見る。


「…何?パーティー?」

「あ…はい…。今日は皆山さんの誕生日でもあるので…皆でパーティーを。」

「……ふーん。」

「あ、杉崎さん、あがってください。お夕飯食べますか?」

「や、いいや」

「じゃあお酒とか…」

「それもいい。」

「…パンがゆ」

「出た、“パンがゆ”」


ハハッと笑いながら靴を脱ぎあがると、コートも脱いで片付けきっていないローテーブルの前に腰を下ろし、私を手招き。


「あの…何か欲しいもの…」
「沙奈」


左の手首をギュッと掴まれて強く跳ねた鼓動は、そのまま全身をかけ出して行く。


「”持ってけ泥棒“でしょ?」

「……それは無かった事に。」

「出来ないってば。ったく、すぐ無かった事にしようとするよね、沙奈は。
つーわけで、沙奈が無かった事に出来ない様にすることにした。」


「座って?」と促され、そっと正面に正座をした。

杉崎さんが、私の手首を返して掌を上にすると、そこに小さな小箱を乗せる。


それは…少し薄めのエメラルドブルーに、白いリボンが十字にかけられた…小箱。


こ、これって……


お洒落にそれほど詳しくない(どちらかと言うと疎い)私ですら知っている…アクセサリーのブランド…だよね。

しかもこの大きさ…まさか…


目を見開いて固まってる私の目の前で、そのリボンが杉崎さんの指によってスルリと外される。


「…俺もさ、これでも色々考えてたわけ。
沙奈がね?こうやって既に新しい生活に馴染んでて、それをすぐに無くして俺んとこ戻ってくるのも違うんだろうなーってさ。
それに、俺んちにまた来るのも多分…沙奈にとっては前と変わんない感覚で…『お邪魔します』なんだろうなーって。 」


解けたリボンの下の箱を今度はその指がそっと持ち上げた。

中からは黒のビロードの小さなケースが顔を出す。


「けど、俺はそれじゃあ嫌なわけ。…だからつって、沙奈がずーっと居ないのはもっとヤだし。
ここの部屋は…風紀を乱すから、入り浸るなって王子に言われてるし。」


「だからね?」と言った杉崎さんの手によりそのケースが開いた。


部屋の中はそれほど照明が明るいわけでもない。
けれど、黒いケースの中のそれは、その存在を強調するかの様に、光りを集め、放つ。


「“じゃあ、俺の嫁にしちゃえばいっか”ってね。」


鼓動が更に早く駆け巡る。顔と同じくらい、気持ちも上気している感覚で、思考が上手く、回らない。


「…嫁。」

「うん、嫁。
つってもさ。嫁になるためには色々準備もあるだろうし、すぐには無理でしょ?
だから、その間は沙奈はここで暮らせばいいし、けど、俺の嫁になんだから、俺んちも沙奈んちになるわけで。堂々と自分の家として帰って来られる。
本格的に俺んちに住むのは…まあ、沙奈のペースでいいから。そこら辺は自由にやったらいいと思うし。」


ああ…どうしよう……涙が、溢れる。


「…俺と結婚してくれる?」


小首を傾げて笑う笑顔は絶対柔らかいのに。
くれる言葉を噛みしめて、ちゃんとこの光景を覚えていたいのに。

視界がずっとぼやけたままだ。


「沙奈、どう?俺の“提案”」


頭を引き寄せられて、コツンとおでこ同士がぶつかった。


“提案”……か。


…変わらない。
杉崎さんは、こう言う人だ。


私の事を考えてくれて、私を…大切にしてくれる。
けれど、私にどうするか…ちゃんと考える余地もくれる。


「…ありがたくペット卒業します。」

「とっくに卒業してんじゃん。 」


どんどん込み上げてくる堪えきれない涙。何とかお腹に力を入れて言葉を押し出した。


「杉崎さん…ありがとう。大好き。」


どの位ぐしゃぐしゃな顔になっていたかはわからない。懸命に作った笑顔がどの程度笑えてたのかもわからない。


でも、私の言葉に、ぼやけた視界の向こうで杉崎さんが綺麗に微笑んでくれたのは、間違いない。



より頭を引き寄せられて、フワリと唇が重なった。


「…出来れば、週3位は帰って来てよ?」

「はい。」

「…やっぱ週4。」

「……はい。」

「週5」

「……。」


笑う私を「あー…もう。」と固く抱き寄せる杉崎さん。


「…やっと貰えた。沙奈、くれるつったのに、くれないんだもん。」


…そういう意味…だったのかな。
まあ、その辺はいいか…曖昧でも。


どっちみち、“いくらでもあげます”は本心だから。


「何だか知んないけど、他の男の誕生日を自分ちで祝ってるし。」

「そ、それは…」

「俺がこんなに早く戻ると思わなかった?」

「そ、そういうわけじゃ…」


多分、杉崎さんが居ても皆山さんの誕生日会はしたと思うし。


「まあ、沙奈が楽しいならそれでいいけどね…」


言葉とは裏腹に、より抱きしめる力が強くなる


「俺が居なくても沙奈は楽しいんだもんね…」


また…いきなりわかりやすく拗ね始めた。


「す、杉崎さんの誕生日は…もっと頑張ってお祝いします。」

「そ?」


そういえば私、杉崎さんの誕生日がいつだか知らない……


「あ、あの…杉崎さんは誕生日いつ…」


そう言った私を少し引き離してジッと見る杉崎さん。


「さあ…いつだったかな?」


小首を傾げ、意味ありげに笑った。







< 46 / 52 >

この作品をシェア

pagetop