🍶 夢織旅 🍶 ~三代続く小さな酒屋の愛と絆と感謝の物語~
3
3か月後、待ちに待った知らせが外務省から届いた。それは、「30か所の在外公館から試したいと返事が来ました」というものだった。課内の試飲会で好評を得たので全世界の在外公館へ希望を募ったところ、試飲の希望が次々に寄せられたのだ。それは、製造元の日本夢酒造と総代理店契約を結んでいる華村酒店が大きな一歩を踏み出した瞬間でもあった。
世界へ!
醸は興奮した。それは咲も同じようで、喜びを抑えることなんてできないようだった。しかし、學は違っていた。冷静そのもので、何かを考えている間違いないように思えた。
それを聞いた時は、さすがだと感心した。世界へ向けての更なる一手を考えてくれていたからだ。それだけでなく、その交渉を任せるという。〈荷が重すぎる〉という言葉が一瞬頭を過ったが、貴重な経験を積めるチャンスを逃すわけにはいかなかった。「やります」という声に気合が入った。
その翌週、アポイントを取った上で、學と共に酒類調達課長の部屋を再び訪れた。表向きは御礼のためとしていたので、先ずは、在外公館の件について學が丁重にお礼を述べた。そして、和やかな雰囲気になったところで醸が次の一手を切り出した。
「一つお願いがございます」
「なんでしょう」
「実は、紹介状をお願いできればと思いまして」
「紹介状?」
にこやかだった課長の顔に怪訝そうな表情が浮かんだ。
「はい。日本にある各国の大使館にはなむらさきを紹介させていただきたいのです。日本酒の新しい味を知っていただきたいのです。それができればパリで勤務されていた時の課長様の想いも叶うと思うのですが」
しかし、課長の表情は好転しなかった。というより、前回の温かな表情とは打って変わって、腕組みをして眉間に皺を寄せた。
「一企業のために紹介状を書くことはできません」
きっぱりとした口調で断られた。
それでも醸は諦めなかった。はなむらさきの将来がかかっているのだ。そこをなんとか、ともう一押ししたが、課長の眉間の皺は更に深くなった。
そこで學に袖を引っ張られた。何事かと思って顔を向けると、口を真一文字に結んで物凄い速さで首を振った。それは、これ以上はやめておけという合図だった。黙るしかなかった。
「無理なお願いをして申し訳ありませんでした」
學は深々と課長に頭を下げて立ち上がった。醸も慌てて立ち上がって体を半分に折った。そして、學の背を追ってドアへ向かったが、學がドアノブに手をかけた時、背後から声が聞こえた。
「私は紹介状を書けませんが、ここに行ってみたらどうですか」
振り返ると、課長は立ち上がって何かを差し出していた。急いで歩み寄って受け取ると、それは名刺だった。『日本食文化振興協議会』と記されていた。
それを見た瞬間、熱いものが込み上げてきた。希望は潰えていなかった。
*
アポイントを取った醸は、學と共に日本食文化振興協議会を訪ねた。応対してくれたのは、生え際が後退気味で、でっぷりとした体格の専務理事だった。美味しいものをいっぱい食べていそうなお腹だった。
用件を告げると、「本省の課長からの紹介ですか、珍しいですね」と目を大きく見開いたが、すぐに「うちは外務省の外郭団体で日本の食文化を世界に発信する役割を担っています。もちろん日本酒もその範疇に入っています」とパンフレットを開いて事業内容を詳しく説明してくれた。
それが一段落した時、はなむらさきを渡して日本で初めての泡酒だと告げると、「泡酒ですか。泡の出る日本酒……、初めて知りました。面白いですね」と言うなり立ち上がって机の上の電話を取り、誰かを呼んだ。
数分後、正確なリズムで2回、ノックの音が聞こえた。入ってきたのは若い男性だった。
「彼は駐日外国公館へ定期的に日本の食文化の情報発信をしている担当者です。彼ならお役に立てるかもしれません」
それを受けて彼が名を名乗った。
「橋渡一路です」
いかにも真面目といった感じで、几帳面に頭を下げた。
醸が訪問目的を説明すると、はっきりとわかるような頷きを返し、専務理事の指示に対しては、「承知いたしました」と答えた。そして、「試飲させて下さい。飲んだ上でどのようなやり方がいいのか考えてみます」と言って、また几帳面に頭を下げて、部屋から出ていった。
*
橋渡が華村酒店を訪ねてきたのは1週間後のことだった。朝から落ち着かなくてそわそわしていると學に笑われたが、彼の返事によってはなむらさきの運命が決まるのだから、落ち着けるわけがなかった。
約束の5分前にやってきた彼を奥の部屋に通すと、お茶を一口飲んで口を開いた。
「日本夢酒造で取材をさせていただきたいのですが」
駐日外国公館へ情報発信をするにあたって、製造現場の取材、特に、女性蔵元である咲へのインタビューが重要であると考えているという。
「もちろんです。娘も喜ぶと思います」
學は即答すると共に「醸君も一緒に行ったらどう?」と橋渡との関係強化を促した。
「是非お願いします」
醸も即答した。願ってもないことだった。
その10日後、醸は橋渡と共に佐賀へ向かう飛行機に乗り込んだ。機内での会話は散発的なものだったが、彼が東京大学法学部を出て外務省に入省したこと、30歳で日本食文化振興協議会へ出向を命じられたこと、現在33歳で独身であること、などの情報を得た。
3か月後、待ちに待った知らせが外務省から届いた。それは、「30か所の在外公館から試したいと返事が来ました」というものだった。課内の試飲会で好評を得たので全世界の在外公館へ希望を募ったところ、試飲の希望が次々に寄せられたのだ。それは、製造元の日本夢酒造と総代理店契約を結んでいる華村酒店が大きな一歩を踏み出した瞬間でもあった。
世界へ!
醸は興奮した。それは咲も同じようで、喜びを抑えることなんてできないようだった。しかし、學は違っていた。冷静そのもので、何かを考えている間違いないように思えた。
それを聞いた時は、さすがだと感心した。世界へ向けての更なる一手を考えてくれていたからだ。それだけでなく、その交渉を任せるという。〈荷が重すぎる〉という言葉が一瞬頭を過ったが、貴重な経験を積めるチャンスを逃すわけにはいかなかった。「やります」という声に気合が入った。
その翌週、アポイントを取った上で、學と共に酒類調達課長の部屋を再び訪れた。表向きは御礼のためとしていたので、先ずは、在外公館の件について學が丁重にお礼を述べた。そして、和やかな雰囲気になったところで醸が次の一手を切り出した。
「一つお願いがございます」
「なんでしょう」
「実は、紹介状をお願いできればと思いまして」
「紹介状?」
にこやかだった課長の顔に怪訝そうな表情が浮かんだ。
「はい。日本にある各国の大使館にはなむらさきを紹介させていただきたいのです。日本酒の新しい味を知っていただきたいのです。それができればパリで勤務されていた時の課長様の想いも叶うと思うのですが」
しかし、課長の表情は好転しなかった。というより、前回の温かな表情とは打って変わって、腕組みをして眉間に皺を寄せた。
「一企業のために紹介状を書くことはできません」
きっぱりとした口調で断られた。
それでも醸は諦めなかった。はなむらさきの将来がかかっているのだ。そこをなんとか、ともう一押ししたが、課長の眉間の皺は更に深くなった。
そこで學に袖を引っ張られた。何事かと思って顔を向けると、口を真一文字に結んで物凄い速さで首を振った。それは、これ以上はやめておけという合図だった。黙るしかなかった。
「無理なお願いをして申し訳ありませんでした」
學は深々と課長に頭を下げて立ち上がった。醸も慌てて立ち上がって体を半分に折った。そして、學の背を追ってドアへ向かったが、學がドアノブに手をかけた時、背後から声が聞こえた。
「私は紹介状を書けませんが、ここに行ってみたらどうですか」
振り返ると、課長は立ち上がって何かを差し出していた。急いで歩み寄って受け取ると、それは名刺だった。『日本食文化振興協議会』と記されていた。
それを見た瞬間、熱いものが込み上げてきた。希望は潰えていなかった。
*
アポイントを取った醸は、學と共に日本食文化振興協議会を訪ねた。応対してくれたのは、生え際が後退気味で、でっぷりとした体格の専務理事だった。美味しいものをいっぱい食べていそうなお腹だった。
用件を告げると、「本省の課長からの紹介ですか、珍しいですね」と目を大きく見開いたが、すぐに「うちは外務省の外郭団体で日本の食文化を世界に発信する役割を担っています。もちろん日本酒もその範疇に入っています」とパンフレットを開いて事業内容を詳しく説明してくれた。
それが一段落した時、はなむらさきを渡して日本で初めての泡酒だと告げると、「泡酒ですか。泡の出る日本酒……、初めて知りました。面白いですね」と言うなり立ち上がって机の上の電話を取り、誰かを呼んだ。
数分後、正確なリズムで2回、ノックの音が聞こえた。入ってきたのは若い男性だった。
「彼は駐日外国公館へ定期的に日本の食文化の情報発信をしている担当者です。彼ならお役に立てるかもしれません」
それを受けて彼が名を名乗った。
「橋渡一路です」
いかにも真面目といった感じで、几帳面に頭を下げた。
醸が訪問目的を説明すると、はっきりとわかるような頷きを返し、専務理事の指示に対しては、「承知いたしました」と答えた。そして、「試飲させて下さい。飲んだ上でどのようなやり方がいいのか考えてみます」と言って、また几帳面に頭を下げて、部屋から出ていった。
*
橋渡が華村酒店を訪ねてきたのは1週間後のことだった。朝から落ち着かなくてそわそわしていると學に笑われたが、彼の返事によってはなむらさきの運命が決まるのだから、落ち着けるわけがなかった。
約束の5分前にやってきた彼を奥の部屋に通すと、お茶を一口飲んで口を開いた。
「日本夢酒造で取材をさせていただきたいのですが」
駐日外国公館へ情報発信をするにあたって、製造現場の取材、特に、女性蔵元である咲へのインタビューが重要であると考えているという。
「もちろんです。娘も喜ぶと思います」
學は即答すると共に「醸君も一緒に行ったらどう?」と橋渡との関係強化を促した。
「是非お願いします」
醸も即答した。願ってもないことだった。
その10日後、醸は橋渡と共に佐賀へ向かう飛行機に乗り込んだ。機内での会話は散発的なものだったが、彼が東京大学法学部を出て外務省に入省したこと、30歳で日本食文化振興協議会へ出向を命じられたこと、現在33歳で独身であること、などの情報を得た。