🍶 夢織旅 🍶 ~三代続く小さな酒屋の愛と絆と感謝の物語~
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愛夢農園の後継者問題に続いて、日本夢酒造の買収という難題が両肩にのしかかり、身動きが取れない状態になった。なんとかしたいという気持ちはあったが、考えても答えは見つからなかった。しかし、時間に余裕はなかった。どちらも切羽詰まった状況なのだ。タイムリミットが迫る中、苦悩は深まっていった。
素面で一日考え込んだのち、このままでは埒が明かないと思い、酒を飲みながら考えることにした。禁じ手かもしれなかったが、それしか思い浮かばなかった。酒で脳を柔らかくすれば良いアイディアが浮かんでくるかもしれないと勝手に判断して、はなゆりを一気に喉に流し込んだ。
どちらから考えようか、
と思う間もなく幸恵の顔が浮かんできた。それは義姉の後継者問題から考えろという示唆のような気がしたので、それに従うことにした。
先ず、自分が受けるかどうかだが、それは難しい。経営者という意味では経験を積んでいるが、果樹に関しては何も知らない。ど素人と言ってもいい。そんな人間が経営しても通用するわけがない。アマチュアが手を出すべきではないのだ。
最近、『経営のプロ』というのがもてはやされているが、これには疑問しか浮かばない。ある業界で成功した人は畑が違っても成功できると言われているが、それは怪しいと思っている。彼らのやり方を見ているとコストカットが優先されて付加価値の創造が疎かになっているからだ。もちろん、何年も赤字を垂れ流している企業を再生させるためにはコストカットは必要だ。無駄な出費は一銭たりとも見逃すことはできない。徹底的に費用構造を見直さなければならない。
しかし、それだけでは将来の希望は生まれない。黒字化が最終目標ではないのだ。企業の持続的成長こそが経営者に与えられた使命なのだ。そのために必要なのが付加価値の創造だ。他社と明確に差別化されたその企業ならではの付加価値が必要なのだ。それがなければ持続的な成長は望めない。
では、付加価値の創造にとって必要な経営の要素はなんだろう?
それは、〈焼けつくような熱い想い〉だ。その事業にかける執念にも似た魂の叫びに違いない。
では、それを持っている人財はどこにいるのか?
それは、日々事業に携わっている身内の中にいるはずだ。決して外部にいるわけではない。ましてや、経営のプロを自任しているような自惚れ屋では決してない。多くの場合、彼らができるのはコストカットだけだ。その企業が本来持つ価値を高めることはできない。何故なら、その事業に愛着が無いからだ。それは、現場を知らないことに起因する。異業種他社の社長から横滑りしてきたような人にその事業特有の肌感覚はない。だから、経営のプロと言われている人はコストカットしかできないのだ。
それでもコストカットだけをやって次の人にバトンタッチしてくれればいいが、事業に細かく口出しする輩がいるから始末が悪い。ど素人の思い付きを押し付ける輩が多いのだ。特に消費財ではその傾向が強い。身近な商品だけに口を出しやすいからだ。しかし、ほとんどは的が外れている。だから現場の足を引っ張ることになる。その結果、現場は混乱し、事業は停滞を始める。権力を持ったど素人の思い付きほど始末が悪いものはないのだ。
その観点から言っても自分は適任ではないと思う。何故なら、自分が後継社長になったら〈権力を持ったど素人〉になるのは目に見えているからだ。愛夢農園を混乱に陥れるのは間違いないだろう。だから自分が成るわけにはいかない。
では、どうする?
幸恵の話では農園の従業員に後継候補はいないという。といって、外部から招聘することはしたくない。
う~ん、
迷路にはまってさあ大変状態になった。
う~ん、
腕組みをしたまま抜け出せなくなった。
*
答えが出ないまま3日が過ぎた時、電話が鳴り、幸恵が取った。取引先ではなかった。義姉からだった。しばらく話したあと、幸恵が受話器を右手で覆った。代わって欲しいと言っているらしい。受話器を受け取ると、挨拶もそこそこに本題を切り出された。
「醸さん、お願いできないかしら」
声が切羽詰まっていた。
「ちょっとしんどいの」
声に疲れが滲んでいた。しかし、口ごもるしかなかった。権力を持ったど素人になるべきではないからだ。それでも、そんなことを言うわけにはいかない。疲れ切った人を突き放すようなことをするわけにはいかないのだ。義姉の声を聞きながら視線を床に落とすしかなかったが、その時、意外なことが起こった。これ以上は無理と思ったのか、「代わって」と幸恵が手を伸ばしたのだ。
「お姉ちゃん、心配しないで。私がする」
「えっ」
思わず大きな声を出してしまった。そんなことはおくびにも出していなかったからだ。しかし、幸恵は平然としていて声も落ち着いていた。
「大丈夫だからね。心配しなくていいからね」
優しい語り掛けが受話器に吸い込まれていった。
「じゃあね、ゆっくり休んでね」
受話器をそっと置くとしばらくそのままでいたが、「そういうことになっちゃった」と自分でも驚いているように目をしばたかせた。
「うん」
意外な結末だったが、反対する気はまったく起こらなかった。よく考えてみれば、幸恵こそ果樹栽培のプロであり、現場を知り尽くした身内の人間だった。何十年も汗水を流して農園の発展のために尽くしてきたのだ。それだけでなく、ミカンとオレンジを掛け合わせた付加価値製品である『アイム・ソー・ハッピー』まで生み出したのだ。義姉の跡を継ぐ経営者としてこれ以上の人財はいなかった。
「灯台下暗しとはこのことだな」
命名を考えていた時のように自嘲気味に笑うしかなかったが、幸恵はそんな様子を気にすることなく、別の心配を口にした。
「留守にすることが多くなるけど、応援してくれる?」
それは、翔の面倒や家事について醸に負担がかかることへの心配だった。
「もちろん」
全面的に協力することを速攻で誓った。
「こっちのことは心配せずに思う存分やればいいよ」
「ありがとう」
「これでお義姉さんが元気になってくれればいいね」
するとホッとしたように息を吐いて、頷いた。
愛夢農園の後継者問題に続いて、日本夢酒造の買収という難題が両肩にのしかかり、身動きが取れない状態になった。なんとかしたいという気持ちはあったが、考えても答えは見つからなかった。しかし、時間に余裕はなかった。どちらも切羽詰まった状況なのだ。タイムリミットが迫る中、苦悩は深まっていった。
素面で一日考え込んだのち、このままでは埒が明かないと思い、酒を飲みながら考えることにした。禁じ手かもしれなかったが、それしか思い浮かばなかった。酒で脳を柔らかくすれば良いアイディアが浮かんでくるかもしれないと勝手に判断して、はなゆりを一気に喉に流し込んだ。
どちらから考えようか、
と思う間もなく幸恵の顔が浮かんできた。それは義姉の後継者問題から考えろという示唆のような気がしたので、それに従うことにした。
先ず、自分が受けるかどうかだが、それは難しい。経営者という意味では経験を積んでいるが、果樹に関しては何も知らない。ど素人と言ってもいい。そんな人間が経営しても通用するわけがない。アマチュアが手を出すべきではないのだ。
最近、『経営のプロ』というのがもてはやされているが、これには疑問しか浮かばない。ある業界で成功した人は畑が違っても成功できると言われているが、それは怪しいと思っている。彼らのやり方を見ているとコストカットが優先されて付加価値の創造が疎かになっているからだ。もちろん、何年も赤字を垂れ流している企業を再生させるためにはコストカットは必要だ。無駄な出費は一銭たりとも見逃すことはできない。徹底的に費用構造を見直さなければならない。
しかし、それだけでは将来の希望は生まれない。黒字化が最終目標ではないのだ。企業の持続的成長こそが経営者に与えられた使命なのだ。そのために必要なのが付加価値の創造だ。他社と明確に差別化されたその企業ならではの付加価値が必要なのだ。それがなければ持続的な成長は望めない。
では、付加価値の創造にとって必要な経営の要素はなんだろう?
それは、〈焼けつくような熱い想い〉だ。その事業にかける執念にも似た魂の叫びに違いない。
では、それを持っている人財はどこにいるのか?
それは、日々事業に携わっている身内の中にいるはずだ。決して外部にいるわけではない。ましてや、経営のプロを自任しているような自惚れ屋では決してない。多くの場合、彼らができるのはコストカットだけだ。その企業が本来持つ価値を高めることはできない。何故なら、その事業に愛着が無いからだ。それは、現場を知らないことに起因する。異業種他社の社長から横滑りしてきたような人にその事業特有の肌感覚はない。だから、経営のプロと言われている人はコストカットしかできないのだ。
それでもコストカットだけをやって次の人にバトンタッチしてくれればいいが、事業に細かく口出しする輩がいるから始末が悪い。ど素人の思い付きを押し付ける輩が多いのだ。特に消費財ではその傾向が強い。身近な商品だけに口を出しやすいからだ。しかし、ほとんどは的が外れている。だから現場の足を引っ張ることになる。その結果、現場は混乱し、事業は停滞を始める。権力を持ったど素人の思い付きほど始末が悪いものはないのだ。
その観点から言っても自分は適任ではないと思う。何故なら、自分が後継社長になったら〈権力を持ったど素人〉になるのは目に見えているからだ。愛夢農園を混乱に陥れるのは間違いないだろう。だから自分が成るわけにはいかない。
では、どうする?
幸恵の話では農園の従業員に後継候補はいないという。といって、外部から招聘することはしたくない。
う~ん、
迷路にはまってさあ大変状態になった。
う~ん、
腕組みをしたまま抜け出せなくなった。
*
答えが出ないまま3日が過ぎた時、電話が鳴り、幸恵が取った。取引先ではなかった。義姉からだった。しばらく話したあと、幸恵が受話器を右手で覆った。代わって欲しいと言っているらしい。受話器を受け取ると、挨拶もそこそこに本題を切り出された。
「醸さん、お願いできないかしら」
声が切羽詰まっていた。
「ちょっとしんどいの」
声に疲れが滲んでいた。しかし、口ごもるしかなかった。権力を持ったど素人になるべきではないからだ。それでも、そんなことを言うわけにはいかない。疲れ切った人を突き放すようなことをするわけにはいかないのだ。義姉の声を聞きながら視線を床に落とすしかなかったが、その時、意外なことが起こった。これ以上は無理と思ったのか、「代わって」と幸恵が手を伸ばしたのだ。
「お姉ちゃん、心配しないで。私がする」
「えっ」
思わず大きな声を出してしまった。そんなことはおくびにも出していなかったからだ。しかし、幸恵は平然としていて声も落ち着いていた。
「大丈夫だからね。心配しなくていいからね」
優しい語り掛けが受話器に吸い込まれていった。
「じゃあね、ゆっくり休んでね」
受話器をそっと置くとしばらくそのままでいたが、「そういうことになっちゃった」と自分でも驚いているように目をしばたかせた。
「うん」
意外な結末だったが、反対する気はまったく起こらなかった。よく考えてみれば、幸恵こそ果樹栽培のプロであり、現場を知り尽くした身内の人間だった。何十年も汗水を流して農園の発展のために尽くしてきたのだ。それだけでなく、ミカンとオレンジを掛け合わせた付加価値製品である『アイム・ソー・ハッピー』まで生み出したのだ。義姉の跡を継ぐ経営者としてこれ以上の人財はいなかった。
「灯台下暗しとはこのことだな」
命名を考えていた時のように自嘲気味に笑うしかなかったが、幸恵はそんな様子を気にすることなく、別の心配を口にした。
「留守にすることが多くなるけど、応援してくれる?」
それは、翔の面倒や家事について醸に負担がかかることへの心配だった。
「もちろん」
全面的に協力することを速攻で誓った。
「こっちのことは心配せずに思う存分やればいいよ」
「ありがとう」
「これでお義姉さんが元気になってくれればいいね」
するとホッとしたように息を吐いて、頷いた。