【完結】トレード‼︎ 〜婚約者の恋人と入れ替わった令嬢の決断〜

マティス殿下と距離を置くわ。

 わたくしが保健室の外に出ると、マティス殿下が廊下で待っていた。こちらに気付くと、パッと嬉しそうに微笑みを浮かべて、「身体は大丈夫かい?」と優しく問いかける。

 ……なので、わたくしはほんの少しだけ、演技をすることにした。

「ええ、転んだところは大丈夫でしたわ。ですが、その……予想以上に体力を削ってしまっているみたいで……しばらく、ゆっくりと部屋で休みたいのですが……だめでしょうか?」

 上目遣い(絶対に『カミラ』ではしないことだわ)でお願いすると、彼は心配そうに眉を下げて「ああ、ゆっくりと休んでくれ」と部屋まで送ってくれた。わたくしは彼女の部屋を知らなかったから、助かったわ。

 マーセルの部屋の前でマティス殿下と別れ、中に入る。がらんとした殺風景な部屋で少し驚いた。花の一つも飾っていない。

 すとんとベッドに座って窓の外を見ると、夕日が沈んでいくところだった。一人きりになってなんだか気が抜けたみたいで、ベッドに横たわる。

 家探しするみたいでちょっと気が引けるけれど、彼女の授業の内容を確認したほうが良いわよね? 明日から、彼女が受講している授業を受けるのだから。どんな授業を受けているのか、先に調べておかないと。

 むくりと起き上がって、必要そうなものを探していく。机の引き出しの中にテキストがあった。ぱらぱらと(めく)り……読めないくらいに汚れているのを見て、眉根を寄せる。

 マーセル、貴女(あなた)、嫌がらせを受けていたのね。

 マティス殿下はそれを知っているのかしら? ……知っているから、マーセルの傍にいたのかもしれないわね。
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