528ヘルツの奇跡
 次は体育で、男女合同で来月あるマラソン大会の練習らしいから、大きな声が必要にはならないだろう。マラソンも好きではないけれど、音読よりはずいぶんマシだ。

 着替える為にみんなガタガタと動き出す。男子はこの教室で着替えだけど、女子はひとつ上の階にある多目的教室だ。私も着替えに行こうと立ち上がった。

 みんな友達同士グループになって教室を出ていくけど、私はひとり。誘ってくれる友達なんていなかった。私に関わって面倒な事になるのを、みんな避けているんだ。

 この声のせいで友達も出来ない……

 その時ふっと、私の横を誰かが通り過ぎていった。すれ違った時に揺れた空気が流れてゆく方へ反射的に視線を向けると、見えたのは教室を出ていくひとりの男子の背中。

 もうジャージ姿だった。着替えるの早いな。

 姿勢がよくてスラッとしてて高身長。サラサラな髪は少し日に焼けて赤茶色。その背中の持ち主を、私は顔を見なくても分かった。

 ――朔間蒼太(さくまそうた)

 この二学期の途中、転校してきた男子だ。

 前の学校では陸上部で全国大会に出るくらいだったらしいけど、今は陸上どころかなんの部活もしていない。足をケガしたのではないか、という噂もあるけど、本当かどうかはわからない。クラスの陸上部の子たちや顧問の先生が、時々教室まで勧誘に来ているのを見るが、全部断っているみたいだった。

 どうして入部しないのかな。喋った事はないし分からない。彼も無口で、笑ったところも見たことない。いつもひとりでいる。

 でもひとりでいる事には苦痛を感じないタイプみたいだ。教室の窓際の一番後ろの自分の席で、よく本を読んでいる姿を見る。そんな様子がクールでかっこいいって、女子に少し人気があるみたい。
< 4 / 28 >

この作品をシェア

pagetop