女神は天秤を傾ける
18 緊急招集
ガタガタガタ。
空気ごと震えるように微震。ここ数日は、日に何度も起きるようになった。
普通だったら気づいていない、体感しない空気の振動、これが前兆だと知っているのでわかる。
「先生!」
授業終わりに、地学の先生を呼び止めた。
「どうしました? リーディア・カイゼン。なにかわからないところがありましたか?」
かけていた眼鏡のふちを上げなおし、ギヤン先生は私を見下ろす。
私が知る中で、いちばん背が高いから私はいつも首が疲れてしまうのよね。
「噴火の前兆ってあるんですか?」
知らないふりで尋ねる。
蔵書室で下調べしたけど、火山は噴火の前に少なからずもなにか動きがみられるらしい。
ギヤン先生なら、私の引く補助線に気づいてくれないだろうか。
「きみが噴火に興味があるとは知りませんでしたよ」
また眼鏡をくいとあげる。
ギヤン先生の、なにか話しはじめるときによくやる癖だ。
「来たまえ、私の部屋で説明しよう」
キラリ、眼鏡の奥の細い目が光った気がした。
これは……覚悟しよう。
「なんですか、この手紙……」
ギヤン先生の私室。本や書類が散乱していて机が見えない。
その机の上から、先生は封筒を4つ手にして私によこした。
乱暴に開封した封筒の宛名はギヤン先生だけど、送り主はそれぞれ別の人の名前だった。
「私には、各地に情報を送りあっている仲間がいる。その仲間からの報告だ」
「報告…ですか?」
「ああ」
先生はうなずいて、書類の下に埋もれていた分厚い本を取り出した。
「噴火は突然起こるものではない。空振や地割れが発現し、まず敏感な動物が騒ぐ。ガスが漏れ出ていれば草木も枯れる。近くなると、体感できる地鳴りや落石なんかも増える」
一気に捲し立てられた。
ギヤン先生、得意分野になると早口になるのよね。
眼鏡の奥が光ったから、これはいっぱい話を聞くことになるなと思ったけど、部屋に入ってすぐこれか……。
気を引き締めて、興味を持って話を聞かなくちゃいけない。
地学は淑女には関係ないと、授業を少し聞き流していたのを後悔した。
「これを見なさい」
先生は壁に貼ってある地図の前に、私を立たせる。
その地図は3つの大陸を描いているものだったけれど、手描きのようだった。
真ん中の大陸が、私たちのイリーナ大陸。いちばん大きい。
「ここはどこだ?」
問われて、私は湖の下にある土地を指さした。
聞き流していても、それ位はわかる。
「正解だ」
先生は、当たり前だとフンと鼻を鳴らす。
いまの問題が、玄関だったようだ。
地図の前、私に椅子を用意すると先生は指し棒を手にした。
これから特別授業が始まる。
「その手紙の贈り主は、この4か所の異変を報せてきた」
指し棒で、トントンと4つの印が付いた場所を先生は指した。
「え……」
てっきり過去の出来事のあった場所だと思っていたが、よく見ればインクも新しい。
最近付けたものだった。
「この4カ所に、線を引く」
長い物差しを取り出すと、先生は地図に4本の線を引いた。
点を繋ぐのではなく、その延長にあるもの。
「ドレナ山!?……確か活火山でしたね」
そう、そのドレナ山が噴火するのだ。
ドレナ山は通称「眠り姫」と呼ばれていた山で、活火山といわれているが何百年もその兆候はなかった。
標高も低く、湖を望む温泉があることから麓は観光地としてにぎわっている。
「まさかドレナ山が!? いつ? いつ噴火するんですか!?」
派手に驚いて、印象を強くする。
先生は、私の大げさな反応に嬉しそうに続けた。
「いつかなどと暢気に構えている場合ではない。もう山から動物は逃げ始めている。ガスも出るぞ。木が枯れているからな」
なんで嬉しそうなんだろう、は置いておいて、私は要所要所でうなずきそして驚いた。
ふりをした。
ドレナ山の噴火は確かに被害は出るけれど、噴石は人家までは届かず、流れ出した溶岩は湖を半分埋めてそこでとどまったが、村が一つ巻き込まれることになる。
噴火での死者は、少なかったけれど出なかったわけじゃない。
事前に避難出来たら少しは……。
「このこと、現地の人は知ってるんですか?」
私の疑問に、先生はうつむいてしまった。
「先生? 事前にわかってるなら避難をすればいいですよね」
「だめじゃ……」
うつむいたままの言葉は、さっきまでの勢いはなくなっていた。
「誰も信じんのじゃ」
「え? 噴火するのに!?」
避難と言われても、簡単じゃないことはわかる。
でも、命の方が大事じゃないの?
私は大事だよ。
「麓の村の村長に手紙を書いたが、笑われたよ。ずっと眠っている山だから、いま危ないと言っても誰も信じん」
「でも……」
有識者が訴えてもだめなのに、私が噴火すると言っても、もっと信じてもらえない。
どうすればいいの、噴火は本当なのに。
二人してうなだれてしまった。
なにか大きな事がないと動かない。
「竜でも現れれば、みな財産も持たずに逃げるだろうがの」
どこか自嘲気味につぶやいて、先生は私から手紙を取り上げた。
「いまきみが噴火のことを聞いても、私はなにもできない。私は無力だ」
無力だ、無力だ、とぶつぶつ口の中でつぶやきを繰り返す。
柱に頭をぶつけだしそうだ。
「すみません……」
しおれてしまった姿に、なんだか申し訳なくなってしまった。
「いや、地学に興味を持ってくれたのは嬉しいよ。それより……」
先生が、扉の方に視線を移す。
「外が騒がしいな」
言われて気づいた。
バタバタと、廊下を走る音がする。
「なにごとかしら」
私は立ちあがり、部屋の扉を開けると部屋の前をあわただしく走り抜ける影が。
「廊下を走るな!」
背後で先生が叫んだ。
「す、すみませんっ」
廊下を走るな、なんて初等の時以来聞いた𠮟責だったけれど。
ギヤン先生の声に立ち止ったのは、生徒ではなかった。
「先生!?」
魔法科学の先生が、廊下を走って?
さらに向こうからも先生が速足で歩いてくる。
「ギヤン先生も早く! 緊急招集が出ましたよ」
「緊急招集!?」
先生まで廊下を走るほどの緊急ってこと?
「な、なにが?」
「なんか城から早馬が……あっ……」
ギヤン先生の問いに思わず答えかけて、目の前の私に口を閉じてしまった。
「リーディア・カイゼン。すまないが、質問はまた後日にしてくれ」
「は、はい」
ギヤン先生も、廊下を走るような速度で歩いて行ってしまった。
城から早馬? 緊急招集?
心当たりはあるけれど、私の記憶の時期とずれている。
王子が失脚するのは、噴火の後だったはずなのに。
空気ごと震えるように微震。ここ数日は、日に何度も起きるようになった。
普通だったら気づいていない、体感しない空気の振動、これが前兆だと知っているのでわかる。
「先生!」
授業終わりに、地学の先生を呼び止めた。
「どうしました? リーディア・カイゼン。なにかわからないところがありましたか?」
かけていた眼鏡のふちを上げなおし、ギヤン先生は私を見下ろす。
私が知る中で、いちばん背が高いから私はいつも首が疲れてしまうのよね。
「噴火の前兆ってあるんですか?」
知らないふりで尋ねる。
蔵書室で下調べしたけど、火山は噴火の前に少なからずもなにか動きがみられるらしい。
ギヤン先生なら、私の引く補助線に気づいてくれないだろうか。
「きみが噴火に興味があるとは知りませんでしたよ」
また眼鏡をくいとあげる。
ギヤン先生の、なにか話しはじめるときによくやる癖だ。
「来たまえ、私の部屋で説明しよう」
キラリ、眼鏡の奥の細い目が光った気がした。
これは……覚悟しよう。
「なんですか、この手紙……」
ギヤン先生の私室。本や書類が散乱していて机が見えない。
その机の上から、先生は封筒を4つ手にして私によこした。
乱暴に開封した封筒の宛名はギヤン先生だけど、送り主はそれぞれ別の人の名前だった。
「私には、各地に情報を送りあっている仲間がいる。その仲間からの報告だ」
「報告…ですか?」
「ああ」
先生はうなずいて、書類の下に埋もれていた分厚い本を取り出した。
「噴火は突然起こるものではない。空振や地割れが発現し、まず敏感な動物が騒ぐ。ガスが漏れ出ていれば草木も枯れる。近くなると、体感できる地鳴りや落石なんかも増える」
一気に捲し立てられた。
ギヤン先生、得意分野になると早口になるのよね。
眼鏡の奥が光ったから、これはいっぱい話を聞くことになるなと思ったけど、部屋に入ってすぐこれか……。
気を引き締めて、興味を持って話を聞かなくちゃいけない。
地学は淑女には関係ないと、授業を少し聞き流していたのを後悔した。
「これを見なさい」
先生は壁に貼ってある地図の前に、私を立たせる。
その地図は3つの大陸を描いているものだったけれど、手描きのようだった。
真ん中の大陸が、私たちのイリーナ大陸。いちばん大きい。
「ここはどこだ?」
問われて、私は湖の下にある土地を指さした。
聞き流していても、それ位はわかる。
「正解だ」
先生は、当たり前だとフンと鼻を鳴らす。
いまの問題が、玄関だったようだ。
地図の前、私に椅子を用意すると先生は指し棒を手にした。
これから特別授業が始まる。
「その手紙の贈り主は、この4か所の異変を報せてきた」
指し棒で、トントンと4つの印が付いた場所を先生は指した。
「え……」
てっきり過去の出来事のあった場所だと思っていたが、よく見ればインクも新しい。
最近付けたものだった。
「この4カ所に、線を引く」
長い物差しを取り出すと、先生は地図に4本の線を引いた。
点を繋ぐのではなく、その延長にあるもの。
「ドレナ山!?……確か活火山でしたね」
そう、そのドレナ山が噴火するのだ。
ドレナ山は通称「眠り姫」と呼ばれていた山で、活火山といわれているが何百年もその兆候はなかった。
標高も低く、湖を望む温泉があることから麓は観光地としてにぎわっている。
「まさかドレナ山が!? いつ? いつ噴火するんですか!?」
派手に驚いて、印象を強くする。
先生は、私の大げさな反応に嬉しそうに続けた。
「いつかなどと暢気に構えている場合ではない。もう山から動物は逃げ始めている。ガスも出るぞ。木が枯れているからな」
なんで嬉しそうなんだろう、は置いておいて、私は要所要所でうなずきそして驚いた。
ふりをした。
ドレナ山の噴火は確かに被害は出るけれど、噴石は人家までは届かず、流れ出した溶岩は湖を半分埋めてそこでとどまったが、村が一つ巻き込まれることになる。
噴火での死者は、少なかったけれど出なかったわけじゃない。
事前に避難出来たら少しは……。
「このこと、現地の人は知ってるんですか?」
私の疑問に、先生はうつむいてしまった。
「先生? 事前にわかってるなら避難をすればいいですよね」
「だめじゃ……」
うつむいたままの言葉は、さっきまでの勢いはなくなっていた。
「誰も信じんのじゃ」
「え? 噴火するのに!?」
避難と言われても、簡単じゃないことはわかる。
でも、命の方が大事じゃないの?
私は大事だよ。
「麓の村の村長に手紙を書いたが、笑われたよ。ずっと眠っている山だから、いま危ないと言っても誰も信じん」
「でも……」
有識者が訴えてもだめなのに、私が噴火すると言っても、もっと信じてもらえない。
どうすればいいの、噴火は本当なのに。
二人してうなだれてしまった。
なにか大きな事がないと動かない。
「竜でも現れれば、みな財産も持たずに逃げるだろうがの」
どこか自嘲気味につぶやいて、先生は私から手紙を取り上げた。
「いまきみが噴火のことを聞いても、私はなにもできない。私は無力だ」
無力だ、無力だ、とぶつぶつ口の中でつぶやきを繰り返す。
柱に頭をぶつけだしそうだ。
「すみません……」
しおれてしまった姿に、なんだか申し訳なくなってしまった。
「いや、地学に興味を持ってくれたのは嬉しいよ。それより……」
先生が、扉の方に視線を移す。
「外が騒がしいな」
言われて気づいた。
バタバタと、廊下を走る音がする。
「なにごとかしら」
私は立ちあがり、部屋の扉を開けると部屋の前をあわただしく走り抜ける影が。
「廊下を走るな!」
背後で先生が叫んだ。
「す、すみませんっ」
廊下を走るな、なんて初等の時以来聞いた𠮟責だったけれど。
ギヤン先生の声に立ち止ったのは、生徒ではなかった。
「先生!?」
魔法科学の先生が、廊下を走って?
さらに向こうからも先生が速足で歩いてくる。
「ギヤン先生も早く! 緊急招集が出ましたよ」
「緊急招集!?」
先生まで廊下を走るほどの緊急ってこと?
「な、なにが?」
「なんか城から早馬が……あっ……」
ギヤン先生の問いに思わず答えかけて、目の前の私に口を閉じてしまった。
「リーディア・カイゼン。すまないが、質問はまた後日にしてくれ」
「は、はい」
ギヤン先生も、廊下を走るような速度で歩いて行ってしまった。
城から早馬? 緊急招集?
心当たりはあるけれど、私の記憶の時期とずれている。
王子が失脚するのは、噴火の後だったはずなのに。