〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
プロローグ
 満月そっくりな姿をしていても満月ではない、丸くて大きな月がどこまでも追いかけてくる。
ころころと居場所の変わる月を助手席から眺めていた神田美夜は、右横を一瞥した。彼女の隣では木崎愁がハンドルを握っている。

『……何?』

視線に気付いた愁が前を見据えたまま口を開いた。車が走行している場所は首都高速湾岸線。

「いきなり今夜暇かと連絡が来たから、また頼まれ事があるんじゃないかと身構えていたんですが……」
『ただの首都高ドライブでがっかり?』
「がっかりはしていません。ちょうどこんな風に夜道を走りたい気分でしたので」

 湾岸線から台場線に入った。右手前に小さく見えた東京タワーを視界に入れながらレインボーブリッジを渡る。

 今さら感動もない見飽きた東京の夜景。この街は、腐っている。
橋もビルも、道路を照らすオレンジの光も車のテールランプも派手なネオンもあれもこれも、全部作り物。

 車窓を流れる建物の中には人がいて、それぞれの生活がある。
ビルの夜景は誰かの残業の明かり、マンションの夜景は暖かな家族の明かり、ラブホテルの夜景は秘密の恋の明かり。

腐った街ですれ違っているかもしれない、けれど全く関わりのない人達の生活の明かり。

見知らぬ誰かの生活の副産物だとわかっていても、視界に広がる夜景を綺麗だと思えるのはどうしてだろう。

「舞ちゃんとはあれからどうですか?」

 愁の同居人の夏木伶と夏木舞に、彼の恋人と偽って対面したのは8月の神宮外苑の花火の日。その後も愁とは、二人が行き付けのイタリア料理店mughetto《ムゲット》で一度だけ食事を共にしたが、以降の接触は途絶えていた。

元来が連絡無精な二人だ。一般的な男と女よりは電話やメッセージのやりとりも少ない。

『別に何も。前と変わらない』
「あれが恋人のフリだと気付かれているんじゃないでしょうか。思春期の子はその手の勘は良いですよ。伶くんも利発そうな子でしたし」
『伶にはバレてる』
「やっぱり」
『あんたの芝居が下手くそだったんだろ』
「私のせいですか?」

 小さかった東京タワーがだんだんと大きく見える。レインボーブリッジを駆け抜けた車は、港区のネオンのシャワーに飛び込んだ。
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