〜Midnight Eden〜 episode4.【月影】
 ファンは口を開けば莉愛がいた頃は……と繰り返す。あんなに莉愛を責め立てたくせに、莉愛がいなくなると莉愛を惜しむ勝手なファンに笑顔を振り撒いて媚を売らなければならない。

それがアイドルだとわかっていても、莉愛を傷付けた奴らに振り撒く笑顔も咲希の中ではすでに枯れていた。

(だけど私も莉愛を追い込んだひとりなんだ……)

 先週金曜日付けの売上ランキングを見れば、現状のフルリールの立ち位置は明らかだ。

 1位 月夜の原罪/UN-SWAYED
 88.6万枚

 2位 クロノスタシス/Fleurir
 32.8万枚

 健闘したとは言え、シングルリリース日が同じ四人組ロックバンドのUN-SWAYEDに売り上げの大差をつけられている。

リリース日が被った相手が今年デビュー10周年を迎えた大物バンドならば、この順位と売り上げの差も仕方がない。

 個人的に咲希はUN-SWAYEDのファンでもある。芸能界に憧れを抱いたのも、小学生の頃から応援していたUN-SWAYEDの影響が強い。

彼らの売り上げ1位の地位はファンとしては素直に喜ばしかった。しかし1位と2位の数字の開きには社長やマネージャーも言葉を失い、フルリールの売り上げは低迷期に入っている。

 莉愛が生きていた頃はUN-SWAYEDには遠く及ばなくとも、リリースすれば初動は60万枚は越えていた。一昨年のアルバムはグループ初のミリオンヒットもしている。

 望月莉愛には天性の華と才能があった。
音域の広い歌声、幼い頃から習っていたクラシックバレエとダンススクールで培《つちか》われた踊りの技術、恵まれた容姿、どれをとっても莉愛は他のフルリールメンバーを凌駕している。

だから莉愛は優奈に疎まれていた。自分よりも目立ち、自分よりも秀でた莉愛を、リーダーの位置にいながらもセンターになれなかった優奈は嫌っていた。

 莉愛は容姿や才能だけでセンターを張っていたのではない。そこに至るまでの血の滲む努力の日々を笑顔の裏に隠して、莉愛はいつも笑ってステージに立っていた。

望月莉愛は才能に溢れた努力の人だった。

 声を圧し殺して泣いても喉は渇く。飲み物を求めて咲希はテレビ局の廊下を彷徨《さまよ》った。
楽屋にはまだ優奈達がいる。楽屋から遠い自販機を目指して歩く彼女は、廊下に立つ長身の人影を見つけた。

「あっ……海斗さん。お疲れ様です」
『お疲れ』

 今日、同じ音楽番組に出演していたUN-SWAYEDのボーカルの海斗とは、咲希が通うボイストレーニングのスタジオでたまに顔を合わせている。

ボイストレーニングをサボりがちな優奈や果林、凛々子は海斗との交流が皆無だが、咲希と莉愛はボイストレーニングの合間に海斗と多くの言葉を交わしていた。
< 35 / 96 >

この作品をシェア

pagetop