それらすべてが愛になる
 「あれ、そういう手筈になってるって母から聞いたけど?
 ウチって地元では名の知れた地主なんだけど、長男夫婦が本家を継いで威張り散らしてるから肩身が狭くてさ。サラリーマンも性に合ってないし、だからちょうどいいかなって。一回社長ってなってみたかったんだよね」

 さっきまでの置物ぶりから一変して饒舌に喋り出す相手に、気分が悪くなる。

 「そうしたら後はいつ別れちゃってもいいし、まぁ世間体を考えてニ、三年くらい?ってこれ、話が決まるまでは言っちゃ駄目なやつ?」

 あぁ、そうか。
 ここで清流はようやく理解した。

 継がせてやってもいいというのは、清流自身にという意味ではなく、初めからそのつもりはなかったことに。

 そして叔母夫婦にとっては、あの会社には何の思い入れもないことに。


 今まで自分にあれこれ条件を出すのは、二人が会社を手放したくないからだと思っていた。でもそうではなかった。

 あくまでも、自分を家から良い条件で追い出すための手段に利用しているだけ。
 誰の手に渡ろうが、その後どうなろうが、まったく興味もないのだ。

 (今ごろそんなことに気づくなんて…)

 清流は俯いて、膝の上に置いていた両手をきつく握りしめる。

 いつもこうだった。
 今度こそはと思って期待をすると、思った先からその期待は挫かれるのに。

 「え、何?君大丈夫?」

 今度こそ、もうやめよう。
 でも叔母の顔を見て『何もかもやめる』と言い出せるだろうか。

 「……大丈夫、です」


 誰でもいい。
 今だけでいいから、ここから連れ出してほしい。


 そのとき、突然襖が勢いよく開いた。


 佐和子たちが戻ってきたのだと反射的に身が竦んで、この期に及んでも自分の意気地なさに幻滅する。


 「ご歓談中のところ、どうも」


 聞こえてきた声は、想像していたものではなかった。


 「はぁ?ちょっと誰だよあんた、」


 驚いて顔を上げるとこちらに視線を向けた男性と目が合って、目を見開く。


 あ、―――――



 (嘘だ、こんなことあるわけが…)



 「清流、久しぶり」


 色素の薄い瞳に、不敵に微笑む口元。

 清流を見下ろしているのは、見間違うことなく、加賀城洸だった。

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