最強男子はあの子に甘い
「え？」
「桜辰二年の乙部伊織(おとべいおり)と言います。怖がらせてすみません」

　彼はきれいな黒髪で、向かって左目には泣きぼくろがあり、優しさとともに大人びいた雰囲気を感じる。
　制服を着崩すこともなく着用していて、言葉遣いも丁寧だ。
　そんな上級生が跪き、挨拶してくるなんて私は驚きとともに状況がよくわからず、ポカンと口を開けたまま「はぁ……」と間の抜けた声で返事をしてしまう。
　すると立ち上がった乙部さんは私の周囲に集まっていた桜辰の生徒たちを見渡して、パン！と一度手を叩いた。
　同時にしん……と静まりかえったその場の空気に思わず私にも緊張が走る。

「もしもこの子に何か危害を加えた場合、その処分は覚悟するように」

　決して大きな声ではないのに、静けさの中、その場に響いた乙部さんの声にはどこか冷たさが混じっていた。
　じわじわと後ずさるように、私を取り囲んでいた男子生徒たちが散っていく。
　乙部さんはもう一度私と目を合わせると微笑みを浮かべ直した。

「というわけで、少しでも怖いことがあったら遠慮なく僕に言ってください」
「は、はい……」

　今は乙部さんがちょっぴり怖いです、とは思っていても口には出来ない。
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