呪われ姫と悪い魔法使い
第5章
第1話
そうやって幾日が過ぎただろう。
夜更かしが過ぎる私は、すっかり朝が苦手になってしまっていた。
帰国したドットと朝食がてら報告を受けている最中にも、つい大きな欠伸をしてしまう。
「ウィンフレッドさま。カイルとは本当に、真面目に身代金の交渉を行っているのでしょうね」
ドットは大きなため息をつくと、食事をしていたフォークを皿に置き額に手を当てる。
その表情は完全に怒っていた。
「もちろんよドット。だけどいくら話しても平行線のまま、どうにもならないのよ」
そんな言いわけをしながらも、眠くてたまらない目をこする。
「あのですね、我々はあなたのために真剣に戦っているのです。これは遊びじゃない」
「それはちゃんと心得ています!」
「そのカイルとかいう使者も、何を考えているのやら。ウィンフレッドさまがこの調子では、いずれ上手く行きそうな交渉でも行き詰まることでしょう」
不意に、ドットは言葉を飲み込んだ。
そうかと思うと、冷たく光るブルーグレーの眼をじっと私に向ける。
「どうかした?」
「いえ。私も私なりに策を練らねばと、決意を新たにしたということです」
頼りにならないと言われたことに、ちょっと傷つく。
私はフォークに突き刺した野菜のテリーヌを口に運んだ。
「とにかく。一国の姫ともあろう方が、夜更かしばかりで朝も起きられないというのは困ります。今夜は早く寝て、明日の朝は私と気持ちよく食事がとれるよう、昼寝はお控えなさってください」
「仕方ないじゃない。眠いものは眠いもの」
「寝不足では、せっかくの可愛いお顔もやつれてしまいますよ」
ドットはツンとすましたまま、指先で私の頬を撫でた。
食事を終えた彼は、そのまま部屋を出て行く。
そんなこと言われたって、この部屋に閉じ込められていては、昼寝以外他にしたいことなんて何もない。
このままふかふかのベッドへ倒れ込んでしまいたいけど、倒れた途端寝てしまうのは目に見えている。
私はそこへ向かいたい誘惑を押さえ、窓に向かって叫んだ。
「カイル! カイル、ちょっと来て!」
彼がここへ来るのは、いつも夜が更けてから。
誰かに姿を見られることを、恐れているのだと思う。
一度昼間に外へ出たことがあったけど、その時ドットは城を留守にしていた。
今思えば、だからこそカイルは私を試すように外に連れ出したのだと思う。
呼んだら必ず来てくれるという約束が、石造りの壁にはね返り空しく虚空に消えた。
一日は始まったばかりだ。
こんな時間に彼を呼んだところで、来てくれるはずもないのに。
高い窓から見上げる外の世界は、どこまでも青い空しか広がっていない。
このまま退屈な日々に押しつぶされてしまいそう。
そもそも、どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないの?
それが未だに納得できない。
ここで待っていても、どうせ彼は来ない。
そんなの当たり前だよね。
カイルだって、同じように夜更かしをしている。
きっと今ごろはぐっすり眠っていて、私の声なんて……。
強い眠気と寂しさに耐えられず、窓枠からずるりと重たい体を離す。
ベッドに倒れ込もうとした瞬間、背後で力強い羽音が聞こえた。
「こんな時間に俺を呼びだすとは、いい度胸だな」
カイルだ。
真っ黒なカラスの姿で、バサリと窓枠に舞い降りた。
「本当に来てくれたの? うれしい!」
彼に飛びつき、いつものように抱きしめる。
彼はカラスのままバタバタと羽を広げ暴れた。
「だから俺に抱きつくな!」
抵抗する彼を抱きしめたまま、部屋の中へ引き入れる。
私はカラスのままの頭をそっと撫でた。
「ねぇ、どうして今日はカラスのままなの? 早く人間の姿になって」
「人間がこんな高い塔の窓から飛び込んでくるなんて、そっちの方が不自然だろ。誰に見られるか分からないんだ。昼間俺を呼ぶなら、カラスのままだぞ」
「そうなんだ。ちょっと残念ね。まぁ私は、カイルがカラスでも人でも、どっちでも構わないけど」
彼は私の腕から逃れると、ピョンとテーブルの上に飛び乗った。
いつもなら小さな男の子の姿に戻るのに、今日はカラスのままだ。
「で、無駄に俺を呼ぶのはこれで何度目だ。いつものようにおしゃべりしたいだけなら、もう帰るぞ」
そう言いながらも、彼はカラスのままキョロキョロと警戒するように部屋を見渡す。
夜更かしが過ぎる私は、すっかり朝が苦手になってしまっていた。
帰国したドットと朝食がてら報告を受けている最中にも、つい大きな欠伸をしてしまう。
「ウィンフレッドさま。カイルとは本当に、真面目に身代金の交渉を行っているのでしょうね」
ドットは大きなため息をつくと、食事をしていたフォークを皿に置き額に手を当てる。
その表情は完全に怒っていた。
「もちろんよドット。だけどいくら話しても平行線のまま、どうにもならないのよ」
そんな言いわけをしながらも、眠くてたまらない目をこする。
「あのですね、我々はあなたのために真剣に戦っているのです。これは遊びじゃない」
「それはちゃんと心得ています!」
「そのカイルとかいう使者も、何を考えているのやら。ウィンフレッドさまがこの調子では、いずれ上手く行きそうな交渉でも行き詰まることでしょう」
不意に、ドットは言葉を飲み込んだ。
そうかと思うと、冷たく光るブルーグレーの眼をじっと私に向ける。
「どうかした?」
「いえ。私も私なりに策を練らねばと、決意を新たにしたということです」
頼りにならないと言われたことに、ちょっと傷つく。
私はフォークに突き刺した野菜のテリーヌを口に運んだ。
「とにかく。一国の姫ともあろう方が、夜更かしばかりで朝も起きられないというのは困ります。今夜は早く寝て、明日の朝は私と気持ちよく食事がとれるよう、昼寝はお控えなさってください」
「仕方ないじゃない。眠いものは眠いもの」
「寝不足では、せっかくの可愛いお顔もやつれてしまいますよ」
ドットはツンとすましたまま、指先で私の頬を撫でた。
食事を終えた彼は、そのまま部屋を出て行く。
そんなこと言われたって、この部屋に閉じ込められていては、昼寝以外他にしたいことなんて何もない。
このままふかふかのベッドへ倒れ込んでしまいたいけど、倒れた途端寝てしまうのは目に見えている。
私はそこへ向かいたい誘惑を押さえ、窓に向かって叫んだ。
「カイル! カイル、ちょっと来て!」
彼がここへ来るのは、いつも夜が更けてから。
誰かに姿を見られることを、恐れているのだと思う。
一度昼間に外へ出たことがあったけど、その時ドットは城を留守にしていた。
今思えば、だからこそカイルは私を試すように外に連れ出したのだと思う。
呼んだら必ず来てくれるという約束が、石造りの壁にはね返り空しく虚空に消えた。
一日は始まったばかりだ。
こんな時間に彼を呼んだところで、来てくれるはずもないのに。
高い窓から見上げる外の世界は、どこまでも青い空しか広がっていない。
このまま退屈な日々に押しつぶされてしまいそう。
そもそも、どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないの?
それが未だに納得できない。
ここで待っていても、どうせ彼は来ない。
そんなの当たり前だよね。
カイルだって、同じように夜更かしをしている。
きっと今ごろはぐっすり眠っていて、私の声なんて……。
強い眠気と寂しさに耐えられず、窓枠からずるりと重たい体を離す。
ベッドに倒れ込もうとした瞬間、背後で力強い羽音が聞こえた。
「こんな時間に俺を呼びだすとは、いい度胸だな」
カイルだ。
真っ黒なカラスの姿で、バサリと窓枠に舞い降りた。
「本当に来てくれたの? うれしい!」
彼に飛びつき、いつものように抱きしめる。
彼はカラスのままバタバタと羽を広げ暴れた。
「だから俺に抱きつくな!」
抵抗する彼を抱きしめたまま、部屋の中へ引き入れる。
私はカラスのままの頭をそっと撫でた。
「ねぇ、どうして今日はカラスのままなの? 早く人間の姿になって」
「人間がこんな高い塔の窓から飛び込んでくるなんて、そっちの方が不自然だろ。誰に見られるか分からないんだ。昼間俺を呼ぶなら、カラスのままだぞ」
「そうなんだ。ちょっと残念ね。まぁ私は、カイルがカラスでも人でも、どっちでも構わないけど」
彼は私の腕から逃れると、ピョンとテーブルの上に飛び乗った。
いつもなら小さな男の子の姿に戻るのに、今日はカラスのままだ。
「で、無駄に俺を呼ぶのはこれで何度目だ。いつものようにおしゃべりしたいだけなら、もう帰るぞ」
そう言いながらも、彼はカラスのままキョロキョロと警戒するように部屋を見渡す。