アンスタ(代役)は冷めたキッスがお気に入り

転入生は突然に(3)

 始業式が終わると早速、診断テストが開始された。春休み明けの寝ぼけた頭を引き締める効果は、十分(じゅうぶん)にあった。

(転入初日に試験とは、たまらんだろう)

 晴菜(せいな)は注目の的になっている瑛翔に、同情の視線を送った。晴菜の心配など知る由もない瑛翔は、何食わぬ顔でスラスラと答案用紙に書き込みをしていた。晴菜は、集中している瑛翔の姿に、目を留めていた。手が止まり、瑛翔の目が晴菜に向くと、バッチリと視線が合ってしまった。

(あっ、まずいまずい。別にカンニングしていた訳じゃないから)

 一瞬合った目を晴菜はそらせ、問題に集中した。

 始業初日は午前で終わり、瑛翔は先生と一緒に職員室へ向かった。生徒一同が瑛翔(えいと)を見送る。何かと目立つ存在なのは確かだった。
 
「あのときは驚いたよ。『久しぶり』なんて言ってるんだもん」

 早紀が瑛翔の真似をすると、あまりにも似ているので、周りの女子が笑った。
 
「ほんとに晴菜は会ったことないの」

 早紀の言葉に周りの女子が集まってくる。

「ないない。全然、憶えないし。私が一番驚いたよ」
「ほんとうかなあ。案外、どこかで会っていたりして」
「知らないよー」

 晴菜は頭を抱え込んだ。

「でも、考えられるよ。だって、晴菜が一番芸能界に近い存在なんだから」
「いつの話よ。もう記憶にもない小さな時だよ」
「アンダースタディのオーディションで最終審査まで残ったんだから、これはすごいよ。才能があったってことだよ。もしかしたら、いま売り出し中の俳優、四宮有希《よつみやゆき》の座に宮島晴菜がいたかもしれないのに」

 早紀の誉め言葉に、周りの女子もウンウンと頷いている。早紀の言うアンダースタディとは、演劇などで主要俳優に不測の事態が生じたときのために、待機している控えの俳優のことだ。四宮有希は今を時めく俳優で、映画にドラマにと引っ張りだこである。その四宮有希のデビューの切っ掛けが、晴菜が受けたオーディションだった。

「それは、ないない。もうその話は勘弁して~」
 うなだれ落ち込んでいる晴菜を、早紀が慰めた。気を取り直した晴菜がヒョイと顔を上げた。 
「ところで、キッスって何?」
「えっ、そこから説明!」

 周りが驚くなか、早紀がフォローする。

「仕方ないよ。晴菜は芸能音痴だもん。私たちが、政治家さんたちの顔と名前が一致しないのと同じくらい、芸能界に興味ないんだから。では、とっておきをお見せしよう」

 早紀が鞄からクリアファイルを取り出して晴菜に見せた。ファイルには、5人の少年が写っている。真ん中に見たことのある顔があった。瑛翔だ。実物より少し幼く見えた。

「アイドルグループのキック&スカイ、略してキッス。そしてこれがメンバー。真ん中が瑛翔。その右がサブリーダーの舞鼓斗(まこと)、瑛翔といつも張り合っているヤンチャな尖ったキャラ。左が明良(あきら)、おとぼけだけど、しっかり決めるところは決める。右端が愛巳(ひでみ)、可愛い系だけどダンスのキレはグループで一番。左端が将太(しょうた)、最年少で何事も一生懸命なところが応援したくなる弟キャラ。人気上昇中だったんだけどね。瑛翔が海外留学するからって1年前に活動休止になっちゃってるんだよ」
「そうなんだ。あっ、でも帰ってきたということは活動再開するのかな」
 晴菜の言葉に女子たちが、目を輝かせた。晴菜はファイルの瑛翔を見つめていたが、答えは変わらなかった。
 
(やっぱり、記憶にない)
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