別々の空

 高校1年生6月。

「ごめん、やっぱ別れてほしい」

「え、なんで?」
「ごめんけど、お前には真剣になれない」
「まだ2ヶ月だよ? この先どうなるかわかんないでしょ」
「ごめん」

 入学してすぐに付き合った彼女と、2ヶ月足らずで別れた。
 大体いつもこんな感じ。
 中学のときから絶えず彼女はいたけど、3ヶ月もてばいいほう。
 どうしてもあいつと比べてしまう。
 好きになったらいけないあいつと。




 俺が自分の気持ちに気づいたのは2ヶ月前。
 雪が散らつくバレンタインの日。

「なにつくってんの?」
「わっ! びっくりした。いきなり現れないでよ」

 姉の天音(あまね)がキッチンで一生懸命なにか作ってるから、肩越しに覗いた。
 咄嗟に振り向いた彼女の髪の毛から、俺とおんなじ香りがふわっと鼻を触った。
 同じ香りなのに、ずっと近くで見てきた存在なのに、なんでこんなに胸が苦しくなるのかわからない。

「さっきからなに一生懸命つくってんの?」
「あぁこれ? バレンタインだよ」
「ねーちゃん、そんなの作れんの?」

 俺がからかうと彼女は「失礼な!」とむっとする。
 その拗ねた表情がまた俺の心をくすぐる。
 その拗ねた顔がとてもかわいくて、また見たくなってしまう。

「べつにいいよ。味より愛情だもん」
「彼氏にあげるの?」
「そうだよ。ほかにだれに渡すのよ」

 そう笑う彼女の一言が、胸を締めつける。
 もう高校生なんだし、彼氏ぐらいいるよな。
 姉とは一歳差のため、高校一年生の彼女は中学生の俺より恋愛に興味があるだろう。

「もうすぐ彼くるから、急がないと」
「え、うちに?」
「外は雪降ってて寒いからね」

 ほんとはどんな相手か気になる。
 でも2人でいるとこなんて見たくない。
 そう思ってしまった。

「じゃあ俺ちょっと(かける)のとこいくわ」

 同じマンションのとなりの部屋に住む幼馴染の翔の部屋へ逃げた。



「なんでバレンタインに男といなきゃなんだよ」
「は? なら、じゃあ彼女つくれよ」
「やだよ。めんどくさい。
 彼女なんていないほうがチョコいっぱいもらえるし」

 玄関に入るなりため息をつかれ、文句を言われた。
 追い返されはしなかったからそのまま家の中に足を踏み入れる。
 翔はモテるくせに全然彼女をつくらないどころか一度も彼女をつくったことがない。
 こいつのタイプはどんな子なのか検討もつかない。

「俺チョコ85個ももらった」
「そんな食えねーだろ」
「だから全部フライパンで溶かして一個にしたんだよ。
 そしたら冷凍庫に保存できて食べられんじゃん」
「お前ほんと発想がバカよな」

 翔といると飽きなくてたのしい。
 こいつといるとどんなつらくても笑ってられる気がする。

「てか、玲音(れおん)こそまた彼女と別れたのかよ。
 なにもバレンタインの前に別れなくてもいいのに」
「だって好きでもないのにバレンタインとかもらってもホワイトデーが面倒だろ」
「うわ、相変わらず冷めてんなー」
 しばらく翔の部屋でゲームをしてると、となりから家の玄関が開く音と、天音の声が聞こえた。
 翔の部屋は玄関が近い天音の部屋ととなりで、いやでも聞こえてしまう。


「家だれかきてんの?」
「ねーちゃんの彼氏」
「え、あまちゃん彼氏いんの! どんなやつ?」
「知らんわ。見たことねーし」
「おっけ。ちょっと見に行こうぜ」

 翔は慌てて玄関のほうへ向かった。

「は? ちょっとまてって!」

 気づいたら横にいなかった翔を俺は慌てて追いかけた。
 翔が玄関を開けたのと同時に、俺の家の玄関は閉まってしまった。

「あ、閉まっちゃったじゃん。はやく教えてくれないから」
「なんでわざわざお前に教えなきゃなんだよ」

 内心はほっとした。
 彼氏の顔なんて見たくないし。
 彼氏の前で天音がどんな顔でいるのかさえもみたくない。
 やっぱりなんでかはわからんけど。
 姉のそういうところはみたくないもんなのかな。

 そう思ってたら、翔が外からもみえる天音の部屋の窓の下にしゃがんでる。

「お前なにしてんだよ!」
「しーっ! なに話してるか聞こえるかもしんねーじゃん」
「おい、やめろって」
「ねぇ、変なことしてたらどうする?」

 ため息をつく。
 その一言がいちばん聞きたくなかった。

「お前はガキか。もういいから部屋戻んぞ」
 文句言ってる翔を強引に引っ張って家に戻った。


 そこから余計なこと考えないでゲームに没頭してたら、いつのまにか18時過ぎていた。

「もう6時か。母さん帰ってくるから帰るわ」
「え、あまちゃんの彼氏いるんだろ?」
「もう母さん帰ってくる時間だし、さすがに帰ってるだろ」
「ちえっ、彼氏見たかったのに」
「知らんし。また明日な」

 翔の家の玄関を出て、廊下沿いの天音の部屋の窓を見ると、電気が消えていた。
 2月のこの時間、あたりはすっかり暗くなってる。

「彼氏途中まで送ってるのか」
 そう思いながらも静かに玄関を開けると、俺のじゃない男の靴があった。
 一瞬その場に立ち止まった。
 玄関入ってすぐにある天音の部屋のドア。
 そのまま引き返すこともできたのに、好奇心と嫉妬心が俺の身体を動かす。
 そーっと近づいてみる。

「……わたしもめっちゃ好き!」

 そんな普段聞かないような甘い声が聞こえてきた。
 俺は黙って玄関に引き返して、そのまま静かに家を出た。
 上着もなにも着ないで出てきてしまった。
 でも、肌を刺すような寒さより、胸が張り裂けそうなほどいたい。
 付き合ってるのだから当然天音も彼氏のことが好き。
 それなのに、どうしても受け入れられなかった。

 このときはじめて、自分の気持ちにはっきりと気づいた。
 俺、天音のこと女として好きだったんだ。
 姉じゃなくて一人の人として。


 しばらくぶらぶらして、19時半頃家に戻った。
 マンションの廊下に着くと、天音の部屋の電気がついていた。
 恐る恐る玄関を開けると、さっきあった男の靴がなくなっていた。
 ホッとしてリビングに行ってみると、天音がソファーでうたた寝してる姿が目に入った。

 静かに近づくと、ほんのり火照った顔でスヤスヤ眠る彼女がいた。
「そんな顔、ほかの男に見せんなよ」
 思わず彼女の頬をそっと撫でる。

「ん……れ、おん?」
「あ、ごめん。起こした?」
「あ、寝ちゃってた」
「疲れてんの?」
「そんなことないよ」
 不思議そうな顔をする彼女を見つめる。

「あ、そうだ!」
 彼女がなにか思い出したかのように席を立った。

「はい、どーぞ」
 彼女が差し出したのは、さっきつくっていたバレンタインのチョコだった。

「え、 俺の?」
「そうだよ。毎年あげてるでしょ」

 毎年買ってきたものをくれる彼女のはじめての手作りチョコなのに、こんなに悲しい気持ちになるとは思わなかった。

「ありがとう」
 俺は精一杯の笑顔で返すしかできなかった。
 それから寝るまでチョコを持ち歩いていたのに、どうしても食べる気にはなれなかった。



 つぎの日、登校する前の朝から家にきては翔はうるさかった。

「あまちゃん、昨日彼氏きてたんだって?」
「え、なんで知ってるの?」
「だって玲音が言ってたもん」

 翔はにやにやしながら天音の顔を見る。

「翔、廊下で盗み聞きしてたけど」
「おい、それは言わない約束だろ」

「え、まって!  何時ごろ?」
 彼女がすごい慌てて訊いてくる。

「彼氏がきたとき。すぐ玲音に連れ戻されたけどな」
「あぁ、そっか」
 ホッとした様子の彼女に「なんかまずいことでもあった?」と聞きたくないのに、ついに声に出ていた。
「べ、べつにもないよ」
 その反応、絶対なんかあったやつの反応だろ。
 相変わらずわかりやす。

 しばらく歩いて、中学生の俺らと高校生の天音がわかれる場所まできた。
「じゃあ、お互い学校がんばろね」
 彼女が手を振りながら俺らと反対のほうへと歩き出した。
 俺も彼女とは反対のほうへ歩き出した。

「あ、玲音! あれ、あまちゃんの彼氏じゃね?」

 翔の声に思わず振り向いた。
 そこにはたのしそうに男の顔を見上げて笑う彼女と、そんな彼女を愛おしそうに見下ろす男の姿が視界に映った。
 その瞬間、ちらっと男の横顔が見えたと思ったら、2人はどちらともなく手を繋ぎ、指を絡めた。
 そしてこっちを振り向くことなく、前を向いて歩き出した。

「え、なんだよ! 彼氏結構イケメンじゃん」
 翔が横でため息混じりにこぼした。

「そうか?」
「まあ、俺らには負けるけどな」

 そんなことない。

 俺はあの男にはどうがんばっても勝てない。
 だって俺は天音の血の繋がった弟なんだから。
 天音に好きと伝える資格も、天音を笑顔に幸せにできる権利も持ち合わせてない。

 姉弟で出逢いたくなかった。



 それからしばらくして、俺は天音と同じ高校に入学した。
 少しでも天音といる時間がほしくて、天音がどんな高校生活をしてるのかみたくて、そのためだけにもっと上を目指せた俺は偏差値を大幅に落とした高校を選んだ。

 親や先生、天音ももちろん反対した。
 それでも俺は天音の近くにいたかった。
 
 それでも天音と付き合うことはできない。
 天音はまだあのときの彼氏とラブラブなんだから。
 だから、入学式が終わると同時に告白された相手と付き合ってみた。


 そしてそれから2ヶ月。
 天音があの彼氏と別れたことを知った。

 だからって俺が天音の彼氏になれるわけじゃないに、好きでもない女と付き合い続けんのにも嫌気がさしてきてた。
 それでいまの彼女のことをフった。

 高校に入ってますますかわいくなった天音は、本人はあんま自覚してないみたいだけど、結構モテる。
 去年は俺が中学生で、彼女の高校での様子とか知らなかったけど、結構男といることが多い。

 いつも仲良くしてる友だちと一緒にいるけど、あの男、絶対天音のこと狙ってるだろ。
 あぁ、もう。
 学校なんか一緒のとこに通うもんじゃない。
 見たくないものでも見えてしまう。



 一学期の終業式。
 やっと明日から夏休み。
 これでしばらく嫌なものを見なくてすむ。
 天音の笑顔を家で独占できる。
 天音とずっと同じ空間でいられる。

 今日は一緒に帰ろと言っていた天音が待ってるから急いで靴箱に向かおうとしたら、「玲音くん!」とクラスの女子にいきなり呼び止められた。

「なに?」
「ちょっと、話があるんだけど」
「なに?」
「ちょっとここでは。向こうで話せる?」
「まぁ、いいけど」

 ほんとはめんどくさかった。
 でも、いまにも泣きそうな女に頼まれたらそこまで強く言えない。
 彼女に言われるままあとをついて行く。

 そのまま彼女に連れてこられたのは屋上だった。
 彼女は突然立ち止まったと思ったら、ふり向いていきなり俺にキスをした。

「ずっと、いまでも好きです! 付き合ってください」
「ごめん。俺いまはだれとも付き合う気ない」

 彼女に頭を下げて、急いで学校を出た。

 学校の門を出たときにはすでに天音の姿はみあたらなくて、雨も降り出してきた。
 先に帰ったのか。天音、傘もってたっけ?
 電話もかけてみたが、つながることはなかった。


 走って家まで帰ると、ちょうどマンションのドアの前に蹲っている天音が目に入った。
 呼んでもふり返らない。
 俺は彼女に駆け寄り咄嗟に腕を掴んだ。
 ふり向いた彼女の顔は気のせいか、雨じゃなく涙で濡れているように見えた。

 家に入ると、俺は黙って彼女の手を引いて風呂場に連れていった。
 とにかくこの雨で冷えた身体をあっためないと。

 あとから聞いたところ、傘がなくて走って帰ったら鍵をなくして入れなかったみたいだった。
 昔からドジな彼女は当然のようにスマホは電池が切れていたらしい。
 

 お風呂場から出てきた彼女の手を引いて、ソファーに座らしてあげたけど、横ばっかり向いて視線も合わせてくれない。
 俺のほうからさっきの告白の話を切り出した。
 告白を受けて帰るのが遅くなったなんて言っても、天音が嫉妬してくれるわけないのに。
 すると彼女は「付き合うの?」となぜか涙目で訊いてきた。

「付き合わないよ。俺好きなやついるし」

 それが天音だって言ったら、天音はどういう反応す
るんだろうか。
 俺がいきなり名前で呼んだらびっくりするだろうか。

「そうなの?  知らなかった」
「まだだれにも言ってないから」

 言えるわけがない。
 実の姉を好きだなんて。
 他の男といるだけで嫉妬するし、その笑顔を独占したい。
 もうどうしようもなく好きなんて。

 髪を濡らしたままの彼女に気づいて、俺は洗面所からドライヤーを取って、黙って彼女の髪を乾かした。
 また俺と同じ香りが俺の鼻を触る。
 その香りに胸が締めつけられる。
 髪が乾いてきたころ、彼女の体が少し熱い気がした。

「ねーちゃん、熱あるんじゃない?」
 彼女のおでこに自分のおでこをあてる。

「わ!」
 彼女が想像以上に大きなリアクションをした。


 横になると言って、天音は自分の部屋へ入って戻った。
 さっきの大袈裟な反応、もしかして嫌だったかな。
 こんな気持ちになるの俺だけ?
 そう考えていたら、自然と足が彼女の部屋へ向かった。

 声をかけてみても、彼女は黙って布団に潜っている。
 俺はいても立ってもいられなくて、布団をめくった。

 そこには泣いて小さくなっている彼女の姿があった。

「あっち行ってよ!」
 そう言って布団を奪い返そうとした彼女の手を、思わず掴んでいた。
 視線が重なりしばらく見つめ合うと、俺は吸い込まれるように彼女の唇に自分の唇を重ねていた。

「俺、天音が好き」

 言ったらすべてが壊れるとわかっていたつもりだった。
 でも、溢れる気持ちを止めることができなかった。
 彼女は固まっていたけど、その目からはどんどん涙が溢れてくる。
 そんな彼女が愛しくて、俺はまた唇を重ねた。
 俺を受け入れてくれてると気づいた。
 

「俺、本気だから。ほんとに天音のこと好き」
 真剣な目で彼女を見つめて言うと、「わたしも……好きだと思う。異性として」と潤んだ瞳で見つめられた。

 ずっと知りたかった彼女の気持ちを知れた。
 俺らは同じ気持ちだった。
 思わず彼女の目を見つめてもう一度だけキスをした。

 高校1年生の夏。
 俺らはだれにも言えない秘密を抱えた。



 もうすっかり寒くなった12月。
 高校3年生の天音は翌月の共通テストのことで頭がいっぱいみたいだった。
 そんな天音に俺が得意な勉強を教えていると、
「受験なんてなくなればいいのに…」とため息をついた。

「じゃあ受験やめれば? べつに将来の夢とかないんだろ?」

 彼女に言うと、一瞬不機嫌そうな顔をした。

 もしかして俺と同じ未来をみてくれている?
 絶対に叶うことのない俺と一緒になる夢を。
 そう思ってたら、「べつに女子なんだから、ある程度稼ぎがある人と結婚すれば大丈夫だろ」
 ついそのワードを出してしまった。
 天音の未来を俺がつぶすわけにはいかないから。
 
 天音には将来、だれか他の人と結婚して、幸せになってほしい。
 俺にはそれができないから。
 どんなにふたりが愛しあっていても世間はそれを認めてくれることはないから。

 その瞬間、
「なんでそんなこと言うの!」
 彼女の目から大粒の涙が溢れた。

「ごめん」

 思わず彼女をそっと抱き寄せた。
 俺の胸の中で小さく震える彼女をしばらく抱き締めた。
 そして少しでも気分が晴れるなら、と思って外に連れ出した。
 いままで何度も一緒に出かけてるけど、玄関出た瞬間に手を離すのが癖になっている。
 ほんとは堂々と手を繋いで歩きたいのに_


 前に一人でぶらぶらしてたときに見つけた大きなクリスマスツリー。
 天音、絶対好きだろうなと思って、いつか連れてきたいと思っていた。

「すっごいきれい!」
 潤んだ瞳で見上げる彼女の横顔がかわいすぎて、気づけば自然と手を繋いでた。
 そしてそんな彼女を閉じ込めたくて、繋いだ手をコートのポケットにそっとしまった。

 しばらくそのまま歩いていると、「れおーん!」と聞き覚えのある声が聞こえた。
 声のほうへ目を向けると、こっちへ向かってくる同級生の姿が見えた。
 その瞬間、咄嗟に彼女の手を離した。

「なんだ、お姉さんか。玲音が彼女連れてるかと思った」
「べつにいいだろ」
「ほんと仲良いよな。じゃあまた!」

 友だちと別れたあと、もう一度彼女の手を取る勇気がなかった。
 所詮俺らは恋人じゃない。
 ほかの人にバレたらいけない関係。
 そんなことはじめからわかってたことなのに、改めて現実を突きつけられた気がした。


 あれから家に帰っても、ずっと彼女は黙ったままだった。
 夜、彼女が自分の部屋に戻って、母さんが風呂に入ったタイミングで様子を見に行った。
 すると彼女は告白したときと同じように、ベッドに潜り込んでいた。


 涙を流す彼女に問いかけても、俺には関係ないって言われてしまった。
 関係ないわけないじゃん。
 その涙、俺のせいで流してるんだろ。
 なあ、俺ってそんなに天音のこと苦しめてる?
 思ってること言えないほど、俺って頼りない?


 そして次の日から彼女に避けられるようになった。
 勉強嫌いの天音が、部屋に閉じこもって勉強ばっかしていた。

 昔から泣き虫で俺がいないとだめだとずっと思っていた。
 でも、彼女はしっかり前を向いていた。
 自分の人生を歩もうとしていた。
 だから、寂しくても陰ながら応援した。



 そして、春。
 天音は大学に合格した。
 俺がいままで聞いていた志望校とは違う、レベルの高い大学に合格した。

 理由はたぶん、寮で生活できるから。
 そんなに俺と一緒にいることが嫌なのか。
 なんで黙って家出て行くこと決めるんだよ。

「玲音、ママのことよろしくね」

 それが久々に彼女が俺にかけた言葉だった。
 いままでは話せなくても毎日顔は見れたのに。

 もう顔も見してくれんの?
 天音を好きになってはじめて、寂しいって言葉の本当の意味がわかった。


 それから、俺はその気持ちを紛らわすために勉強に没頭した。
 勉強しなくてもある程度の大学に行けることはわかってたけど、このまま天音とあえる距離にいたら、またあいたくなりそうで。
 あいたくてもあえない距離まで行こうと思った。



 次の春。
 俺は高校卒業と同時にアメリカに立つことにした。
 天音にはもちろん、最近よくこっそりと天音にあいに大学まで通ってる翔にも内緒にした。
 アメリカに立つ前日、一人で荷物の整理してたら玄関の開く音がした。

「母さん?」
 部屋を出ると、一年ぶりにあう天音の姿があった。
 寂しくなったのか、実家に帰ってきてみたいだ。

 その瞬間、抱きしめたい衝動に駆られたけど、必死に我慢した。
 俺がリビングに行くと、天音もうしろからついてきた。
 天音がソファーに座ったから、俺も黙ってとなりに腰かけた。

「玲音はどこの大学行くの?」
「そんな大したとこないよ」

 嘘をついた。
 いま、ほんとはアメリカ行くって言ったら、止めてくれることを期待してしまいそうで。

 彼女もそれ以上聞いてこなかった。

「そろそろ帰ろかな」
 天音がソファーから立ち上がった瞬間、躓いてよろけた。

「あぶない!」
 咄嗟に腕を掴んだ瞬間、また天音の髪の匂いがした。
 でも、俺とはもう違う匂いだった。

「お前、ほんと相変わらずドジだな」
 もう天音がドジしても、明日から俺はいないんだから。
 明日からはだれかべつの奴が天音に手差し伸べるのか。

 玄関に向かう途中、俺の部屋のドアの隙間から見えたらしいスーツケースを指さして彼女が言った。

「玲音、どっか行くの?」
 咄嗟に、一人で卒業旅行に行くってまた嘘を重ねた。

「そっか、気をつけていってきてね!」

 天音の最後の一言が、ずっと忘れられなかった。
 次の日、母さんに空港まで送ってもらって、アメリカへ向かった。
 母さんには俺が飛行機に乗るまではねーちゃんには心配かけたくないから連絡はするなって頼んだ。

 飛行機の窓から視える日本の景色を目に焼きつけた。
 俺は遠くに行くけど、この街で元気に暮らして。
 俺と同じ世界で生きていて。
 またいつかあえるその日まで_



 アメリカに着くと翔からメッセージが入ってた。

「勝手に行くなよ!」
 翔には悪いことをしたけど、事情も話せないから適当に謝った。
 それから数日、幾度となく携帯をチェックしたけど、天音からの連絡は一度もなかった。








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