あやめお嬢様はガンコ者
「あやめさん、考え事ですか?」
戻って来た久瀬くんは、私の為に彩り良く料理を盛り付けてくれた。
二人で壁際の椅子に並んで座り、料理を味わう。
縁談について考え込んでいると、久瀬くんが隣から尋ねてきた。
「何を考え込んでたんですか?」
「えっと、クリオの副社長との縁談について」
思わずポロリと言ってしまうと、久瀬くんはあからさまにむっと表情を変えた。
「あの人とそんな話になったんですか?」
「ううん、全く。なんだか会話が噛み合わなくて」
「そんな人との縁談を考えてるんですか?」
「だってクリオ製薬の副社長よ?ふたば製薬にとって有益な会社と、強固な関係を築けるもの」
「だからってそんな。あやめさん、結婚生活って一生続くんですよ?あの人と毎日一緒に暮らしても平気なんですか?俺、少し話しただけですけど、あやめさんがあの人と結婚して幸せになれるとはとても思えません」
「私が幸せかどうかなんて、会社には関係ありませんから。それに、ほら。別居婚って手もあるでしょう?あの人、アイドルのねねちゃんと結婚したいそうだから、なんなら私は愛人のポジションでも……」
そこまで言った時だった。
久瀬くんがいきなり私の手を掴んで立ち上がる。
お皿をテーブルに置くと、大きな歩幅で会場を横切ってドアの外に出た。
「久瀬くん!ちょっと、どうしたの?」
声をかけても久瀬くんは黙ったまま歩みを止めない。
険しい表情で必死に怒りを抑えているようにも見えた。
こんな久瀬くんは初めてで、私はどうしようかと不安になる。
人気のない廊下の端にくぼんだアルコーブがあり、久瀬くんはそこに身を滑らせると両手を壁について私を囲い、グッと顔を近づけた。
あまりの距離の近さと久瀬くんの鋭い視線に、私は息を呑む。
「あやめさん、二度とあんなこと言わないで」
「あんな、こと、って?」
かろうじて声を振り絞る。
「あやめさんを軽んじるなんて、たとえあやめさん自身でも許せません。あなたは社長令嬢でありながら、しっかりと自分の信念を持って仕事に向き合っている。病気で苦しむ世界中の人達に平等に薬を届けたい、その上でふたば製薬の社員の生活を守りたいというあなたの想いに、俺は深い感銘を受けました。あなたをずっとそばで支えていこう、そう心に決めました。裕福な家庭で育ちながら普通の感覚を身に着けたいと頑なに言い張るあなたを、心から尊敬しています。美しく聡明で、時には可愛らしいあなたのことが、俺は誰よりも大切で愛おしい」
私は何が起こっているのかと頭の中が真っ白になった。
久瀬くんは、今なんて言ったの?
私のことを、なんて?
「あやめさんを誰にも渡さない。たとえ大企業の副社長相手でも」
そう言うと久瀬くんは私を抱きしめ、耳元で切なげにささやいた。
「あやめさん、好きです」
ドキッと苦しいほど胸が痛み、身体中がジンとしびれた。
「必ずあなたを幸せにしてみせます。あやめさん、俺と結婚してください」
嘘でしょう?
こんなこと、ある訳がない。
私は必死に頭の中で自分に言い聞かせる。
(だって私はふたば製薬の為に政略結婚をすると決めているのに。一人でも多くの人に薬を届けたい、その使命の為にも)
だが一方で心は違う叫び声を上げた。
(久瀬くんが好き。誰よりも大好き)
自分の気持ちを持てあまし、胸が張り裂けそうで涙がこぼれ落ちる。
「あやめさん?」
久瀬くんは心配そうに私の顔を覗き込み、指先でそっと涙を拭ってくれた。
「どうして泣いてるの?」
「……辛くて、苦しくて」
「どうして?」
「だって私、久瀬くんとは結婚出来ないから」
驚いたように久瀬くんは目を見開く。
「それは、なぜ?」
「……これが私の生き方なの。ごめんなさい」
そう言うと気持ちを振り切るように、私は久瀬くんの腕から逃れて立ち去った。
戻って来た久瀬くんは、私の為に彩り良く料理を盛り付けてくれた。
二人で壁際の椅子に並んで座り、料理を味わう。
縁談について考え込んでいると、久瀬くんが隣から尋ねてきた。
「何を考え込んでたんですか?」
「えっと、クリオの副社長との縁談について」
思わずポロリと言ってしまうと、久瀬くんはあからさまにむっと表情を変えた。
「あの人とそんな話になったんですか?」
「ううん、全く。なんだか会話が噛み合わなくて」
「そんな人との縁談を考えてるんですか?」
「だってクリオ製薬の副社長よ?ふたば製薬にとって有益な会社と、強固な関係を築けるもの」
「だからってそんな。あやめさん、結婚生活って一生続くんですよ?あの人と毎日一緒に暮らしても平気なんですか?俺、少し話しただけですけど、あやめさんがあの人と結婚して幸せになれるとはとても思えません」
「私が幸せかどうかなんて、会社には関係ありませんから。それに、ほら。別居婚って手もあるでしょう?あの人、アイドルのねねちゃんと結婚したいそうだから、なんなら私は愛人のポジションでも……」
そこまで言った時だった。
久瀬くんがいきなり私の手を掴んで立ち上がる。
お皿をテーブルに置くと、大きな歩幅で会場を横切ってドアの外に出た。
「久瀬くん!ちょっと、どうしたの?」
声をかけても久瀬くんは黙ったまま歩みを止めない。
険しい表情で必死に怒りを抑えているようにも見えた。
こんな久瀬くんは初めてで、私はどうしようかと不安になる。
人気のない廊下の端にくぼんだアルコーブがあり、久瀬くんはそこに身を滑らせると両手を壁について私を囲い、グッと顔を近づけた。
あまりの距離の近さと久瀬くんの鋭い視線に、私は息を呑む。
「あやめさん、二度とあんなこと言わないで」
「あんな、こと、って?」
かろうじて声を振り絞る。
「あやめさんを軽んじるなんて、たとえあやめさん自身でも許せません。あなたは社長令嬢でありながら、しっかりと自分の信念を持って仕事に向き合っている。病気で苦しむ世界中の人達に平等に薬を届けたい、その上でふたば製薬の社員の生活を守りたいというあなたの想いに、俺は深い感銘を受けました。あなたをずっとそばで支えていこう、そう心に決めました。裕福な家庭で育ちながら普通の感覚を身に着けたいと頑なに言い張るあなたを、心から尊敬しています。美しく聡明で、時には可愛らしいあなたのことが、俺は誰よりも大切で愛おしい」
私は何が起こっているのかと頭の中が真っ白になった。
久瀬くんは、今なんて言ったの?
私のことを、なんて?
「あやめさんを誰にも渡さない。たとえ大企業の副社長相手でも」
そう言うと久瀬くんは私を抱きしめ、耳元で切なげにささやいた。
「あやめさん、好きです」
ドキッと苦しいほど胸が痛み、身体中がジンとしびれた。
「必ずあなたを幸せにしてみせます。あやめさん、俺と結婚してください」
嘘でしょう?
こんなこと、ある訳がない。
私は必死に頭の中で自分に言い聞かせる。
(だって私はふたば製薬の為に政略結婚をすると決めているのに。一人でも多くの人に薬を届けたい、その使命の為にも)
だが一方で心は違う叫び声を上げた。
(久瀬くんが好き。誰よりも大好き)
自分の気持ちを持てあまし、胸が張り裂けそうで涙がこぼれ落ちる。
「あやめさん?」
久瀬くんは心配そうに私の顔を覗き込み、指先でそっと涙を拭ってくれた。
「どうして泣いてるの?」
「……辛くて、苦しくて」
「どうして?」
「だって私、久瀬くんとは結婚出来ないから」
驚いたように久瀬くんは目を見開く。
「それは、なぜ?」
「……これが私の生き方なの。ごめんなさい」
そう言うと気持ちを振り切るように、私は久瀬くんの腕から逃れて立ち去った。