殺したいほど憎いのに、好きになりそう
100人斬り
産後間もない”コル●ス先生”から平手打ちを食らった俺は放心状態に陥り、グラウンドの隅で体操座りをしていた。
ブッ叩かれた頬はまだ熱を持っていて、今も激しい痛みに悩まされている。
同じく見学している優子ちゃんが心配して声をかけてきた。
「あ、藍ちゃん……大丈夫?」
「うん……まさか叩かれると思わなかったよ」
こんな美少女を。というか、女の子を叩くとかどういう教師なんだ?
90年代てまだまだ体罰が一般的な光景だったのか……。
「まあ、あの先生はそれが人気の理由だからね。それより藍ちゃん、私の声ちゃんと聞こえてる?」
「え? もちろん、聞こえてるよ」
「良かったぁ~ じゃあ先生の指が耳に当たらなかったんだね?」
「あぁ、ひょっとしたら、当たったかも? しばらく耳がキーンて響いていたから」
「ちょっと! 当たったならちゃんと教えてよ! 鼓膜が破れていたら早く病院に行かないと!?」
「ええ……そしたら、またあの先生に言わないといけないじゃん。また何か言って叩かれたら嫌だよ」
「そんなことを面倒くさがって鼓膜が破れたら、藍ちゃんの片耳が一生聞こえなくてもいいの!?」
一体、どうしたんだ? 優子ちゃん。
なんでこんなに鼓膜にこだわっているのか。
今もちゃんと聞こえているから、心配のしすぎだと思うのだが。
俺が優子ちゃんにその理由を尋ねると……。
「だって、あの先生有名でしょ? 生徒たちの鼓膜破りで」
「は? なにそれ?」
優子ちゃん、何をサラッと体罰問題を許容しているの?
どこかの”切り込み隊長”が達成した100斬りみたいな表現しているけど。
「あの先生は普通の人より指が長いんだよ。だから生徒に指導する際、熱が入って平手打ちするんだけど、勢い余って鼓膜を破っちゃうんだ」
「……なんで、そんな体罰教師を学校は放置してるの?」
「そりゃ生徒や親たちに支持されているからだよ。あの人が指導したバスケ部は全国で優勝できるもん。ただ試合に負けると全員立たせて一発ずつ叩くから、他校で何十人もの鼓膜を破って異動させられたよね。それさえなければ、すごい先生なんだよ」
「自分の子供の鼓膜を破られても、バスケを指導してほしいの?」
「まあ私は興味ないけど。バスケが好きで全国を目指しているのなら、我慢できるんじゃないかな」
わからん。試合に負けたら全員スクワットでもさせておけば、問題にならないんじゃないのか?
有能なのか、無能なのか……。
※
体育がようやく終わり、校舎に戻ろうとした時、口の中がどうもおかしい。
女子トイレに入って鏡で自身の顔を確認すると、藍ちゃんの頬が紫色に腫れていた。
「うわっ……”お岩さん”みたいに腫れてる」
やっぱコル●ス先生って、かなりの腕力の持ち主なんだろうな。
口の中を見たら、歯ぐきから出血していた。
ムカつく! たかが授業中に私語をしていたけで、ここまで女の子を引っ叩く必要があるのか!?
そうだ! この顔を鬼塚に見せたら、怒ってくれるに違いない。
俺にベタ惚れなんだ。大切な女の子がここまで叩かれたら、あいつがコル●ス先生へ殴り込みに行くかもかな。
ちょっと、今日は女の子らしい振る舞いをしてみよう。
女子トイレから出ると、手洗い場の蛇口を回して、顔を洗う。
敢えて目元だけは濡れたまま、放置しておく。演技のためだ。
教室に入ると、体操服にカッターシャツを羽織る鬼塚の姿が見えた。
俺は両手で顔を隠しながら、わざと泣き声を上げてみる。もちろん演技だが。
肩を震わせて「鬼塚ぁ~」と彼の肩にもたれかかる。
普段、俺がこんなことをしないので鬼塚はかなり驚いていた。
「ど、どうしたんだよ? 水巻!?」
「叩かれたのぉ~ コル●ス先生にブッ叩かれたぁ~! 痛すぎるの~!」
そう言って両手を顔から下ろすと、紫色に腫れている左頬を鬼塚に向ける。
俺の顔を見ると、案の定鬼塚は顔を真っ赤にして怒り始めた。すでに右手は拳を作っている。
よし、これでコル●ス先生は死んだな。
「お前をそんな目に合わせた奴は誰だ!? 名前を教えろ! 俺がボコボコにしてやる!」
「ボコボコにしてぇ~! 体育の女子担当のコル●ス先生だよぉ~!」
俺がコル●ス先生のことを教えると、鬼塚の顔色が真っ青になってしまう。
「え? もしかして女子バスケ部の担当をしている人か?」
「そうだよ~ 私語をしてるだけでこんなに叩いたんだよ……やっつけて」
「悪い……あの人だけは無理だ」
俺は耳を疑った。
「は? 私のこと大事なんでしょ? ならやっつけてくれるでしょ?」
「いや、あの先生だけには何もできない。女子バスケ部も担当してくれるけど、たまに男子バスケ部も指導してくれるんだ。あの人がいたら全国大会が確約されたようなもんなんだよ。悪い、代わりに今度なんか美味いもんでも奢るからさ」
「……」
藍ちゃんのことより、バスケが大事なのかこいつ。


