殺したいほど憎いのに、好きになりそう

君との思い出が欲しい


「水巻、俺とプリント俱楽部を一緒に撮ってくれないか? もちろん、俺がおごるからさ!」
「え……」

 鬼塚のやつ、やけに興奮しているな。
 大きな瞳をキラキラと輝かせて、こちらを見つめている。
 
 しかしな……プリクラね。俺からするとこんな意味のないものは、この世に無いと思う。
 前世でもお姉ちゃんじゃなくて、リア充の兄貴がガラケーの背面カバーに彼女とのプリクラ写真を貼っていたが。
 まだ発売されて間もないプリント俱楽部はインクが薄いせいか、すぐに色あせていたっけ。
 そして新しいプリクラを撮り直すころ、その彼女とは別れてしまい、黒歴史になってしまう……。

 結論から言うと、金の無駄遣いだ。
 この世界じゃまだ稼働して間もないから、鬼塚も珍しくて撮ってみたいのだろう。
 だが、ここは前世の記憶を持っている俺が断らせてもらおう。

「ごめん、私はいらないかな」

 俺がそうきっぱりと断ると、鬼塚は困惑していた。

「え? なんでだよ……? 俺がお金払うから付き合ってくれないのか?」
「うん」
「水巻ってそんなに俺と一緒に写真を撮るのが嫌なのかよ……」
「いや、そういう意味じゃないよ。単にお金がもったいないってこと。見たところ一回の撮影で300円もするんだよね? ならラーメンでも食べた方がいいよ」
「ら、ラーメンって……そんなの食べたら無くなるだろ? 俺としては思い出に残したくて言っているんだぜ」

 気がつけば、鬼塚の目には涙が浮かんでいた。
 そんなに俺とのツーショット写真が欲しいのかな。
 でも、数ヶ月しないうちに薄くなって見えなくなるのに……。
 ひょっとして、藍ちゃんのバストアップを撮って”おかず”にしたいとか?

「う~ん、思い出って言うんならもっと他のことにお金を使った方が良いよ」
「他にって……例えば、どんなことだよ?」
「え? あ~ なんだろう。それこそ、みんなでとんこつラーメンを食べに行くとか?」
「……もう、いいや。俺が悪かった。水巻にはあまり大切なものじゃないんだな。ちょっと俺トイレに行ってくるわ」

 そう言うと、鬼塚はうなだれてトイレへ向かってしまう。
 随分、落ち込んでいたな。なんでだろ?
 う~ん、いくらプリント俱楽部でも初代だからな。この藍ちゃんという肉体を美しく撮影できるとは思えないけどな。

  ※

 その後、しばらく待っても鬼塚がトイレから戻ってこなかったので、俺は翔平くんに「先に帰るね」と言ってゲームセンターを出た。
 早く帰らないとお母さんに怒られるから、後は寄り道せずまっすぐ帰ることにした。
 「女友達の家に泊まるとしても、一回は連絡しないと許さない」と前に釘を打たれたからな……。
 
 男時代はそんなこと一度も言われなかったのに。
 まあ前世は年がら年中、家に引きこもってたからなぁ……。

「ただいまぁ~ お腹すいたぁ~」

 玄関に靴を脱ぎ捨てると、着ていたダウンをリビングのソファーに投げる。
 キッチンにお母さんがいると思い込んでいたが、今は家にいないようだ。
 代わりと言ってはなんだが、リビングにお姉ちゃんがソファーに座っていた。
 さっき俺が投げたダウンを頭に被って……。

「あ~いっ!」

 もちろん、このあとしばらくお説教を食らうことになったのだが。
 それよりも気になったのは、ソファーの前にあるローテーブルの上に並べられていたものだ。
 メモ帳とはさみ、あと蛍光ペンが何本から置かれている。
 それとプリクラが小さく切り取られていた。今からあのメモ帳に貼るのかな?

「お姉ちゃん。それってプリクラだよね?」

 先ほどまで怒っていたお姉ちゃんだが、俺がプリクラに興味を抱いたため、冷静さを取り戻す。

「ん? あんたも気になる? プリント俱楽部が稼働して超嬉しいよね!」

 そう言うと、お姉ちゃんは普段見せたことないぐらい優しい笑顔で、はさみを手に取る。
 プリクラには、女友達と思われるギャルたちと制服姿で写真撮影していた。
 あとは彼氏らしき、ロン毛の細い男がお姉ちゃんの肩に手を回していた。
 気持ち悪い……。

「あのさ、お姉ちゃん。正直プリクラなんてお金の無駄遣いだよね?」

 俺がそう言った途端、お姉ちゃんの機嫌が悪くなる。眉間に皺を寄せてこちらを睨みつけた。

「はぁ!? 何が言いたいわけ? 私、今からプリクラ帳を作ってデコるのが超楽しみなんですけど!」
「いや、その……さっきも前に話した鬼塚ってクラスメイトにさ。近所のゲーセンにプリント俱楽部ができたからって誘われたんだよ。でもプリクラってすぐに色あせるじゃん? だからそんなことにお金を使うより、私との思い出として残したいなら一緒にラーメンでも食べよって言ったのに怒って泣いて、トイレにこもるんだよ」

 先ほどの鬼塚との出来事を話すと、お姉ちゃんは怒りを忘れて呆れていた。

「はぁ……あんたさ。本当に女なの?」
「え?」
「その鬼塚って子、もう藍に惚れてますって言ってるようなもんじゃん。だってあんたとの思い出を一緒に残したいんでしょ? つまり藍の写真が欲しいんだよ」
「ごめん、なんで写真なんかいるの? 私だってあいつが言ってくれたら、写真ぐらい撮ってあげるのに……」

 この時、俺は1995年という並行世界に転生してきたことを忘れていた。

「写真を撮るってどこで撮んのよ? 言っとくけど証明写真以外でよ」
「ん……普通にスマホで自撮りじゃなかった。デジタルカメラとか?」
「あのさ、デジタルカメラなんて高額なもの。この家にはないの分かってる?」
「……」
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